過去の入賞論文
・2016年(第17回)
・2015年(第16回)
・2014年(第15回)
・2013年(第14回)
・2012年(第13回)
・2010年(第12回)
・2009年(第11回)
・2008年(第10回)
・2006年(第8回)
・2005年(第7回)
・2004年(第6回)
・2003年(第5回)
・2002年(第4回)
・2001年(第3回)
・2000年(第2回)
・1999年(第1回)


2015年(第16回)

【特別賞】
理系学生によるサイエンスコミュニケーションの実践
  ―科学技術の大衆化に向けて―
京都大学理学部化学科 3年
山本 大輔

1.序論
 近年の科学技術は、科学技術自体の発展のみならず、社会の中での機能やそのあり方までもが問われ始めている。科学技術の真の普及のためには、一方的な知識の提供にとどまらない双方向的な関わりが必要とされ、そのような交流の場としてサイエンス・カフェなどのイベントが全国で開催されるようになった。一般社会と科学技術との双方向的な交流はサイエンスコミュニケーションと呼ばれ、近年、新たな学問分野になりつつある。サイエンスコミュニケーションの能力を持った人材を育成することは、科学技術が一つの文化であるような社会を実現できる可能性を秘めている。しかし、サイエンスコミュニケーションの概念は一般の理系学生や研究者に十分知れ渡っているとは言い難い。日常生活で科学技術が気軽に語られるような、社会に根ざしした科学技術の普及のためには、サイエンスコミュニケーター育成に向けた、これまでにない新たな方策が必要なようである。
 今回、身近に潜む近代以前の科学技術と、最先端の科学技術を振り返り、サイエンスコミュニケーションの重要性とサイエンスコミュニケーター育成に向けた具体的な方策を提案したい。

2.近代の科学技術
 蒸気機関に代表される近代的な科学技術の発展は産業革命を引き起こし、人々の暮らし方を一新した。また、化学肥料や農薬の開発による食料の安定供給は人口の急激な増加を支えてきた。実際、イギリスの経済学者マルクスが1798年に発表した「人口論」では、急激な人口増加により食料生産が追いつかなくなることが予想されている。しかし、いわば想定外の科学技術の発展により、人口爆発が起こった後も大規模な飢饉は起こっていないのである。
 こうした、世界史の教科書にも登場するような科学技術は一般大衆にもよく知られているが、遠い異国の地の出来事として捉えがちであり、我々の生活を支えているなどと宣伝されてもあまり実感がわかない。しかし、我々の身近なところにも、あまり知られていない近代科学技術の史跡が残されていることはよくある。例えば、私の住む京都市左京区には琵琶湖疏水という水路がある。
 私は昨年、大学の社会交流に関する授業の一環でその用水路を訪れた。
 琵琶湖疏水は、長い間日本の中心であった京都を再開発するために考案され、東京理工学校(現在の東京大学)を卒業したばかりの技師である田邊朔郎によって完成された。明治23年には実際に琵琶湖の水を京都の左京、東山地区に引くことに成功した。琵琶湖疏水は、蹴上の出水口から東山の麓に沿い、高野から最終的には西陣地区まで達していた。図Iは今も残る琵琶湖疎水の様子である。琵琶湖疎水完成当初もほぼ同様の様子であったと思われる。疎水は途中の田畑への灌漑、織物工場などへの給水に使われていた。
 疏水が完成してから4年後の明治27年には、日本初の水力発電所が完成し、路面電車が京都市内を走ることとなった。京都の市電はその後長く京都の主要な公共交通機関として機能し、京都の発展に貢献した。
 また、疎水は資源の少ない京都に物資を運ぶためにも使われ、滋賀方面から食料や生活物資が疏水によって舟で運ばれるようになり、京都の再開発は急速に進んだ。
 琵琶湖疎水は現在、水源としての水路は役割を終えているが、疎水沿いに哲学の道が整備されるなど、観光地化を目指す活動も見られている。実際に、金閣寺が近いこともあり観光客が訪れているのもよく目にする。琵琶湖疎水は日本における明治以降の科学技術の良い例であり、原理や役割が明瞭でそこに至るまでの灌漑技術の進歩を含めて一般市民に理解されやすいため、科学技術史上、また農業史上教育的示唆に富んでいる。加えて、琵琶湖の湖水が京都に流入することによる外来生物や汚染水の拡散といった環境倫理に抵触する問題も内在しており今日でも我々が学ぶべきところが多いのである。
 自分の住んでいる地域にこれほどの素晴らしい科学技術の痕跡が残されていることに感銘を受けたと同時に、この疎水があまり知られていないことに衝撃を受けた。

3.現代・次世代の科学技術
 iPS細胞技術、遺伝子組換え技術、原子力技術などは現代の科学技術の例として頻繁にあげられる。いずれも倫理的な問題や安全上の問題を抱えているが、これらの科学技術には共通して、近代以前の科学技術に比べその意義や原理が理解しにくいという特徴が見受けられる。それゆえ、原理や利点、それに付随する問題点を単に羅列するだけでは、一般大衆がその内容を理解しすることは難しい。ここに一般大衆が納得するまで対話をする、サイエンスコミュニケーションの重要性が生じるのである。
 今後、生まれてくるであろう、次世代の科学技術はさらに細分化され、難解なものになっていくと予想される。こうした動向に対応するために、サイエンスコミュニケーションの普及は急務なのである。

4.サイエンスコミュニケーターの育成
 その地域に固有の科学技術の伝搬は、科学技術の発展を身近に感じる可能性を秘めているが、実際にはあまり知られていないものが多くある。また、現代の科学技術は専門的知識なしに理解するにはあまりに難解であり、今後もさらに複雑化していくように思われる。これらの理由から、一般大衆と同じ視点に立って科学技術をさらに普及していくような人材の育成が必要なのである。サイエンスコミュニケーター育成のためには、現在の大学のカリキュラムを改善し、サイエンスコミュニケーション能力を有した理系人材を排出できるような土壌作りが先決であろう。
 一般的に私たち理系大学生には大学で習得した知識や技術を日常生活で活用する機会がない。全て講義や実習内で完結しており、自ら外部に発信していく能力は一切ないと言っても過言ではない。そこで、全国各地の博物館や科学館と大学が連携して、学生にサイエンスコミュニケーション能力を習得する機会の創出を考えたい。
 具体的には、科学館実習を含めたサイエンスコミュニケーションに関する一定の単位を取得した学生をサイエンスコミュニケーターとして認定する仕組みを導入するのである。単位の提供が学生にとってはインセンティブとして働き、サイエンスコミュニケーターとして認定を受けた学生は社会に出た後も自信を持って科学技術を語ることができると期待される。  文部科学省の調査によると、科学館・博物館の総数は増加しているにもかかわらず、総入場者数は横ばいである。科学館・博物館に足を運ぶのは、すでに科学技術に興味関心のある人々が主であり、科学振興の立場から考えて、科学技術に興味関心のない人々に対するきっかけ作りが必要なのである。そのためには理系学生一人一人が日常生活の中で適切な知識を提供し、科学技術を気軽に話し合える社会の実現が理想的である。
 また、大学で習得した知識を活かす機会を提供すれば、日頃、自らの専門分野を学ぶ上で、人に伝えることを前提にした学習を行う動機づけになる。日頃、受け身になって聞いているだけの講義から脱却できる可能性すらあるのである。

5.まとめ
 理系の大学を卒業しても、科学技術とは離れた職につき、大学で習得した知識を忘れ去ってしまっている人は多い。今回、提案したような方法でサイエンスコミュニケーションの能力を習得した理系学生が世に溢れ、一人一人が家族や友人など小さな単位でも科学技術を語り合うようになれば、世間の科学技術に対する印象も変わっていくのではないだろうか。

・参考文献
1.「現代化学史」廣田襄(京都大学学術出版会 2013年)pp141-143, pp362-368
2.「人口論」マルサス著、斉藤悦則訳(光文社 2011年)pp1-235
3.琵琶湖疎水博物館展示資料
4.「2.博物館数、入館者数、学芸員数の推移」文部科学省
URL; http://www.mext.go.jp/a_menu/01_l/08052911/1313126.htm
閲覧日2016/02/07

図1.琵琶湖疎水の風景(著者本人により撮影)