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2013年(第14回)

【優秀賞】
「スマート電車通勤」が日本の知的生産性を向上させる
 −ICTを活用したデマンドレスポンスによる満員電車のピークカット−
東京大学大学院工学系研究科 都市工学専攻修士課程1年
小林 寛
小林 寛

1.はじめに――満員電車の悲惨な現実
 筆者が学部生で建築設計の課題に取り組んでいた時のことである。ある空間における1人当たりの面積はどれくらいを見積もればよいか悩んでいたため、設計資料集を開いて目安となる数値を探すことにしたのだが、そこで思わぬ物を目にすることとなった。それは“JRの乗車率が200%に近い車内は、かつての奴隷貿易時代の奴隷船内の密度と同じである1)”という衝撃的な事実である。
東京圏におけるラッシュ時の車内混雑の凄まじさは国内外を問わず悪名高いもので、“お客様混雑”が原因で電車が遅延するほどである。国土交通省によると、東京圏においてラッシュ時の混雑率が180%を上回る路線が、平成23年度において15路線もあり、その内の9路線は190%を超えていると報告されている2)。これらの路線を通勤・通学で使用している人々は日々“奴隷船”に乗船して息苦しい環境に身を置かされているという訳である。満員電車に乗車したことがある諸氏にとっては思い当たる節があるのではないだろうか。 朝からこんな環境で過ごしていては心身ともに非常に疲れが溜まるばかりで、その後の仕事に支障が生じないと考えるほうが無理な話である。このことが科学技術立国を支える知的労働者の知的生産性を低下させていることは想像に難くなく、積もり積もって大きな損失につながっているのではないだろうか。
奴隷船では輸送の度に死者が出ていたらしく、建築計画学の領域が奴隷船と同じだと言い放った満員電車から死者が出ないこと自体が奇跡と呼べることだとも思えるが、いずれにせよ電車通勤の窮状をこのまま放置することは、間接的とはいえ国益を更に損ねる結果となることに疑う余地はない。
人口が減少する時代を迎えることになったとはいえ、日本における東京の中心性がすぐさま衰えるとは考えにくく、有効な手立てなくして満員電車の解消はないだろう。日本の将来を考える上で、通勤電車の混雑緩和は待ったなしの課題なのである。

2.提案の概要
ビッグデータ解析技術の進展によって高精度の予測とそれに伴う最適化ができるようになったため、今まででは達成が困難であった課題も解決できるようになってきている。世間一般でもよく耳にする「スマートコミュニティ」がその代表例ともいえよう。 そこで本稿では、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を活用した時間帯別通勤需要への応答(デマンドレスポンス)を行うことにより、ラッシュ時の混雑を平滑化(ピークカット)することで通勤電車における混雑の緩和を行う「スマート電車通勤」というシステムを提案する。これが実現すれば、満員電車による知的生産性の損失を幾分か低減することができ、相対的には向上に寄与する仕組みとなるのではないかと筆者は期待している。以下ではそのシステムの構築に必要となる諸条件を、主に通勤需要の「予測」と「制御」という観点から考察を行っていくこととする。

3.データのセンシングと解析方法――通勤需要の「予測」
システムの全体像としては「スマートコミュニティ」で掲げられている内容と大きく変わらず、コントロールする対象がエネルギーから通勤者に変わっただけである。スマートコミュニティ技術はすでに実証段階へと入っており、根幹技術として確立される日はそう遠くないといえるので、今から「スマート電車通勤」の構築方法の検討を始めれば、技術的課題の多くは特に支障なく解決できるのではないかと考えられる。
そんな中で、通勤需要の予測を行うにあたって“どのようなデータをどのような方法で通勤者から取得するか”というデータのセンシング方法については検討を行う必要があると考えられるので、その点について考察を行っていきたい。
すでに鉄道事業者が保有しているデータとして「起終点データ」が存在しており、これはICカードを介して“どのような人がどの駅からどの駅にいつ乗降したか”を示すものである。このデータに加えて、電車の各車両の入口上方にICカードを遠隔(2m程度でよい)で読み取るセンサーを設置し、乗車する通勤者のICカードデータを取得することができれば、路線ごとに“どの運行時間の電車にどのような人が何人乗車したか”という、乗車状況をより精密に把握できるデータを収集・蓄積することが可能となる。
さらに乗車率と相関がありそうな天候などの不確定要素のデータと組み合わせて複合的なビッグデータにし、「異種混合学習」という、混在するパターン・規則性を分離抽出して効率的に高精度な予測を行うことができるビッグデータ解析技術3)を用いることで、様々な要素を勘案した高精度な通勤需要の予測を行うことが可能になると考えられる。

4.デマンドレスポンスによる満員電車のピークカット――通勤需要の「制御」
通勤需要の予測を行う方法の目途が立ったところで、今度は通勤需要の制御について考察を行っていきたい。
スマートコミュニティにおけるデマンドレスポンスでは、時間帯別に価格を設定する「プライシング型」と、需要のピーク時を外した時間帯に使用した消費者に対し対価を支払う「インセンティブ型」の2種類が存在しており、「スマート電車通勤」においてもこれらの方式を踏襲する形での導入になることが考えられる。
プライシング型にはあらかじめ価格を設定しておくものの他に、需給(混雑)バランスに応じて料金が変動するリアルタイム制などがあるが、いずれについても、多くの企業では「通勤手当」が支給されるため、通勤者にとってピーク時運賃の増額はマイナスな要因と感じにくい。したがって、プライシング型による制御は馴染まないと考えられる。
結果として、インセンティブ型が制御方法として選択されることになるが、通勤者に対する対価としてはどのようなものがふさわしく、また効果的であるかについては過去に議論の蓄積がないため、当然ではあるが実効性の是非は憶測の域を出ない。今後の更なる検討が望まれる次第である。

5.おわりに――本稿が目指すのは「セカンドベスト」的な提案
正直に言うと、この尋常でない慢性的な通勤電車の混雑を解消するには、インフラ整備を伴う“抜本的な治療”が必要であり、あくまで余裕のある時間帯に振り分けるだけの“応急的な処置”には効果に限界があることは筆者も承知している。しかし、満員電車の混雑解消という抜本的な治療を行うには、路線の沿線における土地利用を勘案した都市計画・地域計画レベルでの対応が必要となり、実現の見通しが立つかどうかも怪しくなる。実際には財政的にも政治的にも実現は困難であるというのが現状なのである。
一方で、本稿での提案は、新線の開設などの大規模な設備投資を必要とせず、「スマートコミュニティ」で培った技術の転用によってシステムが構築可能なため、少額の投資で効果を発揮できることが期待され、現行の時差出勤制やフレックスタイム制と組み合わせれば十分に実現可能な提案であると考えらえる。
結局のところ、実現できずして現実は変わらない。そうであるならば、実現性の乏しい理想を追求するよりも、実現可能なセカンドベストを選択して現実を変えていくべきだ、という筆者の考えを提案の付言として最後に申し添えておき、筆を置くことにしたい。

【参考文献】

<書籍>
1) 『第3版コンパクト建築設計資料集成』,日本建築学会編,2005年3月20日,丸善,p.42
2) 国土交通省「平成23年度の三大都市圏における鉄道混雑率について」
http://www.mlit.go.jp/report/press/tetsudo04_hh_000036.html
3) 日本電気株式会社(NEC)「異種混合学習技術」
http://www.nec.co.jp/press/ja/1206/images/2202-01-01.pdf
4) 経済産業省「スマートグリッド・スマートコミュニティ」
http://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/smart_community/
5) 経済産業省「デマンドレスポンス(Demand Response)について」,総合資源エネルギー調査会総合部会電力システム改革専門委員会(第2回)配付資料,参考資料1-1,p39-p44