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【特別賞】 |
●学校推薦論文設置の提案
〜科学技術人材の育成と国民の科学的リテラシーの向上を目指して〜 |
京都大学大学院 情報学研究科 2年
武田 勝輝
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1. はじめに
近年,日本の科学教育は科学技術人材の育成と国民の科学的リテラシーの向上が課題となっている。一部の理工系学生だけでなく,国民の多くが科学に興味を持ち継続して学習する環境をつくるために重要なことは,学校教育が終了してからも継続することができる学習方法を学習習慣形成に大きな影響を与える学校教育において確立することではないだろうか。
本稿では,低いコストで多種多様な論文にアクセスできる学術論文データベースに注目し,科学技術論文を読むきっかけをつくるための中高生を対象とした学校推薦論文の設置を提案する。
2. 現代社会において求められる科学的リテラシー
2-1. 日本政府が求める科学的リテラシー
日本の科学教育は科学技術人材の育成と国民の科学的リテラシーの向上という2つの課題を対処するため
に,子供たちに創造的活動の基盤を身に付けさせ専門性や個性を発展できる学習機会を拡大している1)。文部科学省や教育委員会も国際競争が激化する現代社会において,新たな学問分野や急速な技術革新に対応できる深い専門知識と幅広い応用力を持つ人材を育成しようとテスト評価や方策の実施を試みている2)。興味深い取り組みとして,「中学生・高校生の科学・技術研究論文 野口英世賞」をはじめ科学技術に関する論文を書く機会が設けられているが,参加者が限定されていることや指導者なしでの論文の執筆が難しいことが問題点であり,国民全体の科学リテラシーを上昇させることは難しいと考えられる。科学技術人材の育成と国民の科学的リテラシーの向上のためには生涯学習を重視し,誰もが気軽にアクセスでき,興味を持ちながら持続的に学習することが必要である。
2-2. 国際機関が求める科学的リテラシー
国際的な取り組みを見てみると,経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development, OECD)が実施するOECD生徒の学習到達度調査(Programme for International Student Assessment,PISA)においては,知識や技能を実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかどうかを重要視しており,知識だけでなく実生活でどれだけ応用できるかをテストによって評価している。生徒たちが日常生活の様々な問題状況で,「科学的な疑問を認識する」や「現象を科学的に説明する」,及び「科学的証拠を用いる」などの能力の獲得が期待されている3)。
3. 学校推薦論文設置の提案−実践的なアプローチと新しい発見で感じる科学の楽しさ−
3-1. 学校推薦論文の必要性
みなさんは「巨人の肩の上に立つ」という言葉をご存じだろうか。Google Scholarという学術論文を閲覧するサービスのトップページで私はこの言葉をよく目にする。私以外にも研究活動などに従事し文献を検索した経験を持つ方はご存知なのではないであろうか。ニュートンは1676年にフックとの裁判中に彼に宛てた手紙においてこの言葉を引用し,自分の業績や現在ある科学技術は過去の偉人達の残した業績をもとにできているということを主張した。現代における新たな発見や私たちが普段何気なく使っている製品についても,すべてが新しいものはないと言っても過言ではないと言える。学術論文には,科学技術のプロセスや業績が詳細に記述されており,学術論文は現代科学に関する成果の集合体である。まさに論文を読むことは現代科学を理解するうえで必要不可欠なことであると言える。
私が研究をしていてやりがいや楽しさを感じるのは,自分なりに工夫して結果を出すという自己の考えを具現化するところである。それは,他者の学術論文を読んでいても感じることで,論文に記述されているアプローチの工夫や新たな発見によって科学の楽しさを感じることができる。論文を読むことによってアプローチの工夫,新しい発見を疑似体験して実践的な科学の楽しさを感じることができれば,中高学生の理科離れを止める一助になるのではないだろうか。したがって,学校推薦論文によって論文を読むきっかけをつくることによって子どもから大人まで自分の関心があるテーマに関して自ずと論文をデータベースで検索して自学する環境を作り上げる。そのためには,学習の習慣を形成するうえで重要な時期である初等,中等教育において経験して興味を持つことが後の継続的な学習を支えるうえで欠かせない。
3-2. 学校推薦論文の導入方法と実行可能性
私が提案するこの学校推薦論文は文部科学省,独立行政法人科学技術振興機構,国立教育政策研究所など科学技術人材の育成と国民の科学的リテラシーの向上の責任を担う公的機関が導入するべきと考える。そして中高生が理解できるレベルの最新の科学技術に関連する論文を選出し推薦する。可能な限りGoogle Scholarのような誰でもアクセスできるフリーの学術論文データベースに掲載されているものを推薦することが望まれる。
また,中高生が統計や専門用語の知識なしに学術論文を読むことは容易ではないため学習支援を学校が中心となって行う必要がある。論文の執筆は誰もができることではないが,無料で高品質の知的コンテンツに誰もがアクセスできるように近年なってきたので学校が学習支援することで誰もが自主的に論文を読めるようになる。
3-3. 学校推薦論文のメリットと実効可能性
この学校推薦論文は主に無料でアクセスできる論文を対象とするべきと考えているので,メリットとしてはコストが低いことがあげられる。Google ScholarやCiNii Articlesをはじめ多くの論文データベースでは無料でアクセスできる論文が多く掲載されているので非常に多くの人が気軽に情報資源にアクセスできる。
また,学術論文は理論や知識が充実していることに加え,その理論などを実際の問題点などに応用し,改善,解決するまでのプロセスが詳細に書かれている。したがって,実地的なレベルでの科学技術に触れることができるのである。これは,文部科学省やOECDが求めている科学的リテラシーそのものであり,日本人に欠けている科学的リテラシーの一部である論理的な思考力の向上にも貢献するため実効性が十分にあると言える。
4. おわりに
私は修士1年生の3ヶ月間,パリにある国際機関経済産業諮問委員会(The Business and Industry Advisory Committee to the OECD,BIAC)のインターンとしてOECDの会議に参加してきた。会議で話し合われていたこれからの科学技術の方向性や未来の科学技術者の育成方法は日本にとっても非常に重要なことであり,私も非
常に興味を持つようになった。その経験がきっかけとなり,私は情報科学の研究で培われたプログラミング能力をもとに初等,中等教育における科学技術分野の学習を支援するため,モチベーションを持続して論文や電子書籍を読むことができる電子書籍リーダーアプリの開発を行ってきた。
デジタルコンテンツやデジタルデバイスを使った学習方法が次の科学技術分野における人材育成の鍵を握っていると私は感じている。実際,街中で見かけるデジタルネイティブと言われる幼い子供たちもすでにスマートフォンに触れており,不自由なく操作している。加えて,近年デジタルデバイスを用いて高品質の知的コンテンツに誰もがアクセスできるようになってきたので,未来を担う子供たちがスマートフォンを使って効率的
に学習できる基盤は整っている。魅力的な学習の仕組みを作っていくことで,日本をはじめ,世界の国々の科学技術人材の育成と国民の科学的リテラシーの向上に貢献していきたい。
【参考文献】 |
1. 小倉康(国立教育研究所)ほか:理科好きの裾野を拡げ,トップを伸ばす科学カリキュラムとは,2007,P4
2. 文部科学省:平成24 年版科学技術白書,P228
3. OECD:PISA 2009 Results:Executive Summary,P3 |
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