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2010年(第12回)

【入賞】
想像力から育てる日本の科学技術
沖縄工業高等専門学校 生物資源工学科 5年
羽地 琴野
 

 科学技術の発展は、人間の想像力に託されていると思う。さまざまな人が想像する「あったらいいな」という願いを、知識や経験を用いて実現させることにより、現代の科学技術はここまで進歩し、便利で豊かになってきたのだと思う。この「あったらいいな」という願いを思いつくためには、何よりも想像力が必要である。例えば、私は「消しゴムつき鉛筆」を見て、いつも「これを思いついた人はすごいなぁ」と考える。鉛筆の後ろに消しゴムがついていなくたって誰も困らない。しかし、あれば便利なものであるし、試験の際などにあの消しゴムに助けられた人もいるのではないだろうか。当たり前のように存在しているが、最初に「鉛筆の後ろに消しゴムがついていたら便利だろうな」と考え付いた人はすごい想像力の持ち主なのではないだろうか。ささいなことだが、想像力が生活を豊かにした一例だと思う。
 また、その「あったらいいな」をいざ実現させようとした時に、知識・技術が必要なのはもちろんのこと、それらをどのように利用するのかということを考えなければいけない。知識・技術を持っていても、想像力が欠いており、それを用いることができる、という考えに至ることができなければ、利用のしようが無いのである。玉ねぎ・にんじん・肉・カレーのルー、その他調理器具があったとしても、別に作れる料理はカレーのみではない。ちょっと材料を足せば肉じゃがだってできるのだ。「この技術をここに応用できるかもしれない」「ここを変えれば別の利用法ができる」などの発想の転換も、想像力あってこそではないだろうか。ではこの「想像力」を豊かにするためには、どのようなことが必要なのであろうか。以下に私の考えを述べる。

 大前提として、人は見たことのあるもの、感じたことのあるもの・ことからしか、物事を想像することはできない。なので、豊かな想像力を培おうとしたときに、まずは様々なものを見て、様々な体験して、頭の引き出しの中身を増やすことが必要だと考える。
 例えば、飛行機を例に挙げる。「鳥のように空を飛べることができたら」ということを考えたことがある人は多くいるのではないだろうか。その気持ちを代弁するように、現在飛行機は世界各国の大空を飛びまわっている。しかし、鳥のように空を飛ぶ生物が存在しなければ、もしくは鳥の存在を知っていなければ、「鳥のように空を飛びたい」と思うことすらなく、飛行機のような形状の空を飛ぶ乗り物は誕生しなかったのではないだろうか。空を飛ぶ生き物がこの世に存在すらしなければ、「空を飛ぶ」という概念すら生まれなかったかもしれない。つまり、「空を飛ぶ生き物が存在する」、「鳥は翼を広げて空を飛行する」ということが頭にあったからこそ、空を飛ぶことを夢見て、飛行機のような乗り物を想像し、そして創造することができたのではないか。しかし、鳥の存在を知っていて「鳥のように空を飛びたい」と考えるだけではなにも起こらない。そこから、「どのようにしたら空を飛べるのか」という風に思考をめぐらせ、具体的に思案していかなければ、いくら想像力を豊かにしても技術の発展には結びつかない。そのため、ただ多くのことを体験し、知り、想像可能な事象を増やしていくだけではなく、それを発展させていくようなものの考え方を身につける必要もある。それを行うためには、頭の引き出しの中身としてただ、「鳥は飛ぶ」という知識をしまっておくだけではなく、「なぜ鳥は飛ぶことができるのか」という風に「なぜ」と疑問をもつことが重要であると考える。

 また、様々な人と関り、相手の意見や知識を吸収して、自分のものにしていくことも大切なことであると考える。物事への興味のベクトルは個人によって異なってくる。しかし、知るきっかけが無いだけで、本当はとても面白いこと、面白いと思える可能性のあることは世の中にたくさんあるはずだ。多くの人と接し、その人が興味を持っていることについて意見を聴くことにより、自分自身の興味の対象を広げるチャンスとなる。興味の無いことに対しては、それについて深く考えたり、調べたり、などということはなかなかやろうと思わないだろう。しかし、興味深い・面白いということに対しては、積極的に知識を得たいと考えるし、それが苦にはならない。興味の対象を広げることにより、自分自身が「楽しい」と考えながら得ることのできる知識が増える。知識が増えれば、想像し得ることの幅も広がり、より具体性も出てくるのではないだろうか。例えば、レモンは体にいいというイメージがあると思う。しかし、レモンが体にいいという知識だけでなく、レモンに含まれるビタミンCが体にいい、ビタミンCはコラーゲンの生成に必要とされる物質なので体にいい、しかしビタミンCは熱には弱い、など「レモン」というキーワードに対して、より多くの知識を持っているほうが、レモンを摂取したり、利用したりすると考えた時に具体的な想像をすることが可能となる。レモンを利用することが目的でなく、ビタミンCの摂取が目的であった場合は、「レモンよりビタミンC含有量が多い食品を調査してみる」という選択肢も出てくるわけだ。しかし、ただ漠然と「レモンは体とか美容にいいらしい」という情報しか持っていなければ、ただレモンをわけもわからずひたすら摂取することしかできない。また、同じものを見たり、同じことを経験していたりしても、感じること、考えることは個人個人によって大きく違っていたりする。自分とは違う感じ方にふれることにより、自分の世界をより広げていくことができるのではないだろうか。

 そして最後に、自分の考えを内に溜め込むだけでなく、外の世界に発信していくことが必要であると考える。先ほども言ったように、一つの事象に対する考え方、感じ方は人それぞれだ。なので、自分の考えを積極的に外に発信していき、それに対する意見を聞き入れることで、思いもよらなかった考え方を知ることのできるチャンスとなる。また、自分の想像力のみを豊かにしたところで、科学技術が発展していくわけではない。自分の考えを他者に発信し、また他者の考えを受け取り、多くの情報を多くの人と共有していくことで、個人だけでなく、集団の大きな範囲で想像力、そして技術力のレベルアップを図ることができるのではないだろうか。

 脳内で神経細胞が、ニューロンを伸ばしネットワークを形成し情報伝達をしているように、われわれも近くの、まずは隣にいる人に意識して自分の考え、想像していることを発信する。するとその情報がその人の知識の一部となり、別の人に伝わっていく、というようにネットワークがどんどん広がっていくことで、日本の想像力は豊かになり、技術力の向上につながっていくのではないだろうか。そして、個人個人の想像するさまざまな思いが、そのネットワークを通じて、それを実現することのできる人々の手に託されることにより、「あったらいいな」の具現化が始まる。多くの「あったらいいな」を人々が考え、発信、あるいは受信し、実現させていくことで、これからの日本の科学技術の発展は大きく前進していくのではないかと考える。