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2010年(第12回)

【入賞】
当たり前な‘土’の世界の潜在能力
明治大学 農学部 農芸化学科 3年生
菅野 美津子
 

 現在、私は大学で土壌学を専攻している。土壌もしくは土と聞くとなにを思い浮かべるだろうか?‘汚い’‘黒い’‘気にしたことがない’などの印象をもたれたかと思う。 しかし、土壌はちっぽけな価値のない物質でもなく、さまざまな重要な機能も有する。
 本論文では土壌を環境と物質の2つの面からみて、普段注目されない土の世界のもつ潜在能力に関して提言を行う。
 土壌(soil)とはなにかを述べる。ロシアの地理学者V.V.Dokuchaevの提唱した土壌生成因子を基に土壌を定義すると「地殻の表面で岩石・気候・生物・地形ならびに年月といった土壌生成因子の相互作用により生まれた岩石圏の変化生成物であり、有機物である腐植・水・空気・多数の生きた生物を含みかつ作物を育てうる肥沃度を持った、独立の有機-無機自然体である」とされる。
 土壌は場所により不均一であり十把一絡げには言えないが、気体・液体・固体の3相からなり、多数の微生物が生息し代謝を行っているブラックボックスといえる。
 この身近でありながら未知なるものを2つの観点から考える。
 ひとつは環境としての土壌である、土壌の占める役割はいくつかある。
 1つ目は地球の皮膚であること。実は、土壌と定義される層というのは平均すると実は地球上の陸地の上に18cmという極薄い厚さしかない。しかし、この層にいる微生物によって呼吸がなされ、その結果物質は細かく分解され、CO2、CH4、N2Oなどの気体を発生させる、温暖化効果ガスの発生源という見方もできるが、一方でfilterという見方もできる。人間にとって汚い(=有機物などに富んだ)水も、土の微生物にとっては‘ごちそう’であり、別の‘きれいな’形態に変えてしまう。汗をかくように物質を循環させるのだ。
 2つ目は当然ながら作物を支持する基盤であり栄養の供給源であり、人類の支持基盤であることだ。インダス、メソポタミアなど人類の文明も大河により養分が供給された肥沃な土壌の広がる場所で発生したことがその証左であろう。
 しかし、この土壌は今危機的状況にある、FAOの統計によると世界のdamaged soil、 劣化土壌は多い。土壌劣化度において5段階評価のうちsevere, very severeの割合は日本では0%だが、韓国42%中国35%インド59%ベトナム73%などと世界レベルでは非常に問題となっている。他にも土壌中で処理をされなかった窒素分による地下水の硝酸汚染、土壌の重金属汚染など深刻な問題が存在する。当然のごとくある土だが、その生成には何千年、何万年という時間を要する。それが危機的状況なのだ。
 当たり前の存在ゆえに気付きにくいが、土は我々の基盤であり、それを適切に運用する必要がある。
 次に物質として土壌をとらえる。
 土の上の世界は炭素を含む有機物が中心である世界に対して、土の中では有機物に加えて、多数のケイ素が繋がってできた粘土鉱物が中心の世界が広がっている。この粘土鉱物は土壌の重要な成分であり、土の中のさまざまな物質(腐植・水・微生物・ガスetc)と一体となって単なる足し算では表わせぬ挙動を示す。そのような研究分野の歴史は実はまだ浅い。
 1987年にノーベル化学賞を受賞したJean-Marie Lehnによって提唱された超分子化合という分野がある。超分子とは「複数の物質が共有結合以外の相互間作)で秩序だった配列をなすもの」と定義される。初期の研究はクラウンエーテルと呼ばれる分子のなかに分子をいれる‘分子のかご’に関するものから始まり、今は多彩な広がりを見せ、や ‘分子知恵の輪’などまで発見された。そしていまや粘土や土壌自体もその対象である。
 例として、2010年東京大学のグループが発表した「アクアマテリアル」と呼ばれる物質がある。95%以上の水分、2~5%の層状粘土鉱物(clay)とわずか0.4%に満たない有機高分子化合物を混ぜるだけで簡単に得られ、今までに知られているどの含水材料よりはるかに高い強度を持ち、形状保持性と自己修復性も有した優れた物質を開発した。
 この例に限らず粘土粒子が他の物質と相互作用し驚くべき機能を発揮する例は他にもある。
 イモゴライトというチューブ状の物質がある。1962年熊本県で発見された粘土鉱物であり、その土壌の通称が芋後であったため、imogoiteという名称になった。
 この物質はケイ素と酸素を骨格としているチューブの中に毛のように多数の親水性の水酸基が多く存在し吸湿性に優れる。またチューブという形状により中に物質が入れることができる機能的な物質だ。
 2009年には産業技術総合研究所がこのイモゴライトを真似して二酸化炭素の効率のよい吸収材の合成法が確立したという報告もある。他に燃料の貯蔵、有害物質の吸着など多目的な応用法が考えられる。
 実際にすでに粘土は、化粧品や医薬品の担体、・紙・セラミックスなど多数のところに使われているがまだまだ多くの可能性と利益を生みうるということだ。
 また、この芋後地方は植物の生育があまりよくない場所として有名だった。その秘密はイモゴライトが養分水分を吸着していたことによるということもわかった。自然の中の不思議な現象を突き詰めていくと大きな発見につながる良い例だ。
 さらに驚くべきことだが、実は生命体も細胞どうしの相互作用により個体を成すという点では超分子といえ、その複雑な生命体の誕生に粘土が関わっている可能性があるのだ。 アリストテレスの言葉に「全体とは部分の総和以上のものである」という言葉が残っているがこの言葉がそれをよりよく表わす。
 人間細胞一つを取り出しても単なる物質だが。その細胞どうしは集まることで組織化する。その組織が集まり相互に情報伝達をするようになると‘意識’というような形而上学的な観念が生まれる。その細胞が集合過程にうつる。
 一般に、生命物質の起源は化学進化説が支持されている。原始の地球の大気に含まれていたガスからアミノ酸ができたという説だ。そのアミノ酸が集まってタンパク質ができ、酵素ができ、機能をもっていく。
 その集合の過程においてジョン・バーナルの提唱する、鉱物の表面がアミノ酸の出会いの場となったという説がある。粘土鉱物が物質を命に変えた場かもしれないという説だ。さらに今も物理化学的な手法で無機物質の自己組織化の研究は進みつつある。
 このように粘土粒子というのは工学的利用価値にも富み、生命の起源につながるという点で純粋学問としての大きな可能性をはらむのだ。

<提言>
 土はミクロにもマクロにも重要性をこれから増すと思われる。 土を介した物質の循環は今後ますます重要となる。温暖化効果ガスの発生のコントロール、土壌・地下水の硝酸汚染の解消、土壌中から溶脱した各種の重要元素を下水中から回収する機構など多数の課題が存在する。  物質としての土もまた、多くの高機能性の物質にヒントを与えるのではないか。 しかし、これらの多くの可能性を秘めながら、土はブラックボックスだらけである。   その秘密を解き明かしていくには既存の土壌学に超分子化学のような新分野がくっついていく必要がありそうだ。土にもっと興味が集まれば、土に関する学際的な研究が日本にさまざまな分野でイノベーションを起こせるのではないだろうか。

各種物質の図
(イモゴライトの形、文献4より引用)
(アロフェンという穴が開いたサッカボール状の物質もある 文献4より引用)

図:アクアマテリアル

【参考文献】
1、

「図解雑学 超分子と高分子」 齊藤勝裕 ナツメ社 2006年3月、p32~p34 など

2、 「図説日本の土壌」 岡崎正則ら 朝倉書店 2010年4月 p16~17、p128など
3、 http://www.jst.go.jp/pr/info/info707/index.html(アクアマテリアル)
4、 http://www.fao.org/ag/agl/agll/terrastat/wsrout.asp?wsreport=4&region=1&search=Display+statistics+%21 (FAO world soil satatics)
5、 文部科学省知的クラスター創成事業「京都環境ナノクラスター」
生命・粘土・塵(ナノ) http://www.kyo-nano.jp/memo/no46.htm