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2010年(第12回)

【入賞】
優れたネット社会を構築するため、 メディアリテラシー教育の充実を
東京理科大学 薬学部 生命創薬科学科 B2年
小野田 淳人
 

背景
 インターネット。それは19世紀半ばに軍事目的で開発されたが、日本の科学技術においてもその役割は大きい。その最大の理由は、世界中のどことでも瞬時に繋がれることだろう。そして、莫大な情報蓄積、遠距離の意見交換、異文化交流、人や物の移動による温室効果ガス・店舗や倉庫の土地・電力消費の減少にも一役買っている。利点を挙げればきりがない。科学技術や日本の将来に影響することは間違いないだろう。しかし、良い面ばかりではない。有害な情報の蔓延、モラルの低下、個人情報漏洩や著作権問題。多くの悪い部分も同時に持っている。そして、何より問題なのが、こうした悪い面が良い面以上に個人や社会に多大な影響を与えていることである。

提案
 これらのことを踏まえると、
1 ネット利用者が適切に情報を取捨選択すること。
2 利用者がネット上での発言、行為に分別をつける。
3 インターネットそのものを適切に理解すること。 この3つを行えばネット社会は良くなり、それが日本の将来の為になると考える。これらをこなすのに様々な手段があるが、その中で私が提案するのが「メディアリテラシー教育の充実化」である。

メディアリテラシー
 ところで「メディアリテラシー」という言葉をご存じだろうか? これは、メディアから情報を適切に収集、発信する力のことである。ここで私が、論文に自分の考えを表現することにもメディアリテラシーが必要である。前述したネット上の問題が多発するのは、利用者のメディアリテラシー不足に起因すると私は考える。

なぜメディアリテラシー不足がこうした問題につながるのか
 まず、メディアは少し前まで、テレビや新聞などが主流だった。そこに登場したのが家庭用コンピュータであり、インターネットである。後者には前者と大きく異なる点がある。それは誰もが情報の提供者となれることだ。これは、インターネット最大の利点にして、諸問題の根本的な原因でもある。この最大の利点はネット上に膨大な情報を蓄積することになり、私達はそこから欲する情報を適切に収集しなければならない。「メディアリテラシー」と検索していただければ、その情報の多様性に頷けることだろう。同じことでも書く人によって表現が全く違うのだ。もちろん、テレビや新聞でも情報を選択しなければならない。だが、インターネットは情報の規模が違い、何より自分主体で探すものである。欲する情報を選別し、適した形で吸収するにはメディアリテラシーが大切である。こうした情報を見抜く力はネット犯罪を回避する力になる。昨今のネット犯罪は悪質になっていて、それを見極める力もまたメディアリテラシーなのだ。これが不足していれば犯罪に巻き込まれる可能性が高くなると言えよう。
 一方で、誰もが情報の提供者になれるということは、その情報を提供する者は適切な情報を提供しなければならない。表現力が問われ、そこにメディアリテラシーが大きく関わる。一つの意見に対し自分の考えをぶつける場合、表現力次第では討論から喧嘩に発展してしまうこともある。また、自分では正しいつもりでも表現力が不足すると、嘘や有害な情報になってしまう事もある。そして、中学・高校生でよく問題になるが、匿名で意見を書けることから掲示板等には平気で誹謗中傷した言葉がある。こうした、表現によるマナーやモラルも広義ではメディアリテラシーの一つなのである。
 メディアリテラシーにはもう一つの意味が存在する。「コンピュータをはじめとする各種情報機器を自由に扱う能力」である。インターネットを快適に使うには情報を適切に収集・発信することに加え、インターネットやコンピュータの仕組みを理解し、使いこなす必要がある。なぜなら、インターネットに接続し世界と繋がることは常に世界中から攻撃される可能性も表しているからだ。実際、セキリュティの不十分なコンピュータを接続すると、短時間で大量のウイルスに侵入を許す。メールやダウンロードからの侵入もあり、知らぬ間の個人情報漏洩もある。メカニズムを理解し、どこをどう守ればよいのか把握することはネット利用上必須である。更に、ネット上には詐欺など多くの罠が存在しているのも事実。その手法を理解し、罠に掛らないようにするのも快適に利用するためには大切なことである。そして、情報について無知であることで一番怖いのは知らぬ間に自分が犯罪者になっていることである。それは不正アクセスやアカウントの無断使用、著作権の問題など様々である。知らないではすまされない。私達がインターネットを使用するためには、それそのものについて理解を深めておくべきである。

教育という結論
 こうしてメディアリテラシーの必要性を訴えているのは、これまでの私の体験による。大学生になり、レポート作成等、専門的な言語や知名度の低い事を調べることも多くなり、その際インターネットは非常に役立つ。だが、未だに情報収集に慣れない。多大な情報や意見の扱いに困ることもしばしばである。講義でも感じたことがある。情報処理演習の講義を受けて、私はコンピュータやインターネットに関する知識の少なさが自分の中で露呈した。自由に情報周辺機器を使えないのだ。つまり、私はメディアリテラシーが不足している。私だけではなく友人にも沢山いる。逆に余裕で使い、あっさりと必要な情報をまとめてしまう者もいる。
 こうした格差が存在し、メディアリテラシー不足者が多いのは、小中高校でメディアに関する教育が不十分だからだと考える。このことはメディアや情報を扱う科目が少なかったから、もしくはあったとしても受験に使われないため軽視されていたからではないだろうか。別に、教育方針が悪いのではない。勉学や部活動、学校行事も教育には非常に大切である。それらは全て社会で生き抜くために必要な力を養っているからだ。だからこそ、情報社会を生き抜くための力、メディアリテラシーの教育が重要なのである。
 教育という結論に至ったのには、もう一つ理由がある。誰もがインターネットを気持ちよく使うためには、ネット社会を構築している多くの人のメディアリテラシーが高いことが大事だからである。一個人ではなく、大勢の者の為にネット社会そのものが良くなければならない。そのものを良くするには、個人だけではなく社会を作り上げている全員のメディアリテラシーが高くなければできないのである。これらを踏まえると、多くの国民が高いメディアリテラシーを身につけるために、小中高校に情報・メディアを扱った教育の強化が必要であると考える。英語圏では内容を読み書きし、製作も手がけるメディア教育が盛んに行われている。近年、日本でもこうしたメディア教育の必要性が叫ばれているが、私はまだまだ足りていないと感じている。


総論・展開
 私のメディアリテラシーが低いのを教育のせいにしてしまうのは些か軽率かもしれない。だが、原因の一つであることは間違いないだろう。現在の日本において、ネット上での犯罪、マナー・モラルの低下が問題となり、その被害者が減少しないのは、インターネットの普及に対して、教育基盤整備が追いつかなかったためではないだろうか。メディアリテラシー教育が充実し、ネット利用者のメディアリテラシーが高まれば、将来、ネット社会における多くの問題は解決されるだろう。更に、情報提供者もその享受者も高度なメディアリテラシーを持つことで、優れたネット社会が構築できるだろう。優れたネット社会が構築されれば、現代の情報社会において科学技術の発展や日本の将来の為となるのは、もはや議論を挟む余地はないだろう。
 今後、より発達すると考えられる情報社会で、科学技術が発展し日本の将来の為には多くの人々がインターネットを上手に使いこなせる必要がある。そのために私は「メディアリテラシー教育の充実化」を提唱したい。