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2010年(第12回)

【最優秀賞 文部科学大臣賞】
「ノー科学技術デーで大人にも理科教育を」
東京大学大学院 薬学系研究科分子薬学専攻 修士課程一年
中野渡 早知世
中野渡 早知世

はじめに
  今日、日本の理系を取り巻く状況は厳しさを増している。子供の理科離れやポスドク問 題、政府の事業仕分けによる科学研究費の大幅な削減などは記憶に新しい。その中でも、 将来日本の科学技術を担う子供達の理科離れは深刻だ。私は子供達に理科をもっと好きに なってもらおうという取り組みは全面的に賛成であるが、それだけでは不十分だと考える。子供の理科教育が重要なのは自明だが、私は以下の二点から、大人の理科教育もまた重要 であると主張する。第一に、子供を教育するのは大人である、という点。第二に、予算配 分を含め、科学技術の政策を行うのもやはり大人であるという点である。本論分ではまず、 今日の日本に於いて、子供の理科離れに留まらず、大人にも科学技術が軽視される傾向を 考察し、その具体的な解決策として、「ノー科学技術デー」を提案したい。

1.科学技術軽視の風潮の考察
1−1.「あって当たり前」が科学技術軽視を生む
 私は科学技術とは、既存の『壁』を打ち破る人間による知的かつ生産的な営みだと考え る。『壁』を打ち破った後は、壁があたかも最初から存在しなかったかのようである。こ のことは、科学技術の凄さでもあると同時に、今日の大衆の理科離れの一因では無いか。 科学技術のもたらした豊かさを享受しながら、空気や水のように生活に馴染んでいるため 重要性が見過ごされ、費用の面ばかりに目が行き、「2番じゃ駄目ですか」発言に象徴さ れるように、無用のものと誤解・批判されてしまうのだ。

1−2.科学技術が日本にもたらしたこと
 ここで、科学技術の発展が私たちの暮らしにもたらした恩恵を、簡単に確認しておきた い。科学技術は、@私たちの生活の質を向上させた、と同時に、A日本の国際的な地位を 上げた。

1−2−1.科学技術が日本に与えた恩恵@生活の質の向上
 まず、@の、生活の質の向上について、私の専攻する薬学分野から検証する。科学技術 の進歩は、病気の治療法に革新をもたらしたことで死亡率を下げ、患者の治癒の負担を減 らした。例として、胃潰瘍はかつて胃袋の切開という外科手術を治療に必要とする病気 だったが、現在はシメチジン等の薬を飲んで治す病気となった。多くの人々の命を奪った 細菌感染も、ペニシリンを始めとする抗生物質の発見・開発により、その数は劇的に減少 した。また、科学技術が薬の供給を容易にすることで、より多くの人に高度な医療を受け る機会が与えられた。天然にはごくわずかしか存在しない化合物を、有機合成化学的に合 成したり、大腸菌を始めとした生物に作らせ、薬にする例は多くある。エリブリンという 抗がん剤は、600kgものクロイソカイメンから、わずか12.5mgしか得られないハリコンド リンBという物質を、岸義人先生ら有機合成化学者らにより人工的に合成され、構造を最 適化することで生まれた(参考文献1)。2010年に誕生したばかりのこの薬は、今後と も有機合成化学的手法により合成・供給され続け、数多くのがんに苦しむ患者を救うこと が期待されている(参考文献2)。以上の例からも、日本はもちろん、人類の医療福祉へ の科学技術の貢献は大きく、科学技術は生活の質を向上させたといえるだろう。今日日本 が長寿大国であり、病の恐怖に怯えずに暮らせるのは、一重に科学技術の進歩のお陰であ る。

1−2−2.科学技術が日本に与えた恩恵A日本の国際的な地位の向上について
 戦後日本は急速な経済成長を遂げ、国際社会での地位は向上した。これには日本の科学 技術の貢献が大きい。2010年、日本の自動車会社TOYOTAは3年連続自動車売り上げ世 界一を達成した(参考文献3)。鉄鉱山もゴム園も持たない国の自動車会社が世界一にな るのは、科学技術無しには成しえないことだ。また、日本が今日世界で存在感を発揮でき ているのは、科学技術と文化といった面が大きい。事実、私の周りの留学生の多くは日本 に来た動機を「テクノロジーと文化」と答える。逆をいうと、日本に科学技術がなかった ら、今日の様な発展は無かったに違いない。
 以上述べたように、科学技術は日本の社会に生活の質と国際社会での立場という2つの 面で恩恵をもたらしてきた。それにもかかわらず、打ち破った壁は感じさせないという科 学技術の特性により、一般の人々はその有難みに気が付かず、科学技術軽視の風潮が流れている。

2.子供の理科離れに対する大人の存在
 これまでにも日本の科学技術の将来を担う子供達に対し実験等の体験学習が行われ、成 果をあげてきた。しかし、これらは子供に対して限定的であり、大人に対してではない。 忘れてならないのは、子供は大人の手によって育てられる、という事実だ。母親が虫は汚 い、気持ち悪い、父親が科学は儲からないと子供に教え込めば、子供達は体験教室でのワ クワクをそっと胸の奥底に沈め、周りの大人の考えに沿うようになる。さらに、科学技術 関係の政策を立案・実行するのは大人である。大人が科学技術に対して無理解な政策を施 行すれば、社会は科学技術を排除する方向に動く。子供はそんな社会の動きを敏感に感じ 取るはずだ。実験室の中で科学の美しさを語りかけても、外では真逆のことが言われてい たら、子供の理科離れも防ぎようが無い。

3.大人を理科好きに―『ノー科学技術デー』の提案
 そこで私は、子供だけでなく、大人にも理科を好きになってもらう努力をすることの重 要性を主張する。これには、子供の理科離れの防止に有効であるのみならず、世論を担う 大人が理科好きになれば、科学技術政策が良い方向動くという効果も望める。とはいえ、 大人はもう学校を卒業してしまっているし、仕事等に忙しいので、実験室に出向き化学実 験をしてもらう余裕などないはずだ。
 そこで私は、普段の暮らしに少しだけ変化を加えることで科学技術をより身近に、そし て大切に感じてもらうための「ノー科学技術デー」を提案する。私達はなにも実験室や工 場に赴くまでも無く、科学技術に囲まれて暮らしているのだ。ならば一度日常から科学技 術から切り離してみるのだ。そうすることで一般の人々は日頃自分たちがどれだけ科学技 術の恩恵に与っているかが実感できるだろう。
 具体的には、ある科学技術を、日頃の感謝の気持を込め、今日一日は使うのを控えま しょう、とアナウンスをする。さらにその日、新聞やテレビといったメディアでは使用禁 止にした科学技術の特集をとり挙げ学習情報を提供する。例えば、携帯電話の日には、携 帯電話の発展の歴史から、小型化に不可欠だった導電性ポリマーや液晶画面、電池にまつ わる化学の話、普段はブラックボックスの携帯電話の分解図、通信技術に関することや、 応用が望まれる最新の研究などをについて。かつて偉大な物理学者・化学者のマイケル・ ファラデーが「ロウソクの科学」と題しクリスマスに少年少女に講義をしたように、科学 者・技術者が、市民に語り掛けるのだ。科学技術が生活に馴染むあまり見過ごされるのな らば、科学者・技術者は馴染んだ部分を取り出して大衆に魅せる努力も必要なのではない だろうか。
 ある科学技術に距離を置くことで、人々は普段感じ得なかった科学技術の大切さを感じる だろう。科学者・技術者が科学技術の楽しさ・美しさ・素晴らしさを各自思い思いに伝え ることができたなら、きっとより多くの人が科学技術に興味を持ち、理科を好きになって くれるに違いない。そうして科学技術を大切にする意識が国民に芽生え、社会や大人たち が変われば、子供の理科離れも無くなるだろう。
 科学技術の持つ凄さ・素晴らしさを国民全体で共有できる日が来て初めて、日本は本当 の意味で科学技術立国を果たしたことになる。それには大人の理科教育が不可欠だ。国民 全体が、科学技術に興味を持ち、誇りに思う―そんな日本を見てみたい、と強く思う。

【参考文献】
<論文>
総説
1. Jackson, K. L., Henderson, J. A., Phillips, A. J. ‘The Halichondrins and E7389’ Chemical
Review (2009) vol.109, pp 3044-3079
<WEB>
2. 「エーザイ ニュースリリース」http://www.eisai.co.jp/news/news201064.html
3. 「朝日新聞2011年1月24日」http://www.asahi.com/car/news/TKY201101240387.html