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2009年(第11回)

【入賞】
夢を与え続ける科学技術であるために
沖縄工業高等専門学校 生物資工学科 5年
安佐 伊美夏

1.はじめに
 私は現在、沖縄工業高等専門学校に在籍し5年目を迎える。高等専門学校こと高専は高等教育機関に位置づけられ、技術者育成を目的に専門職の濃い授業カリキュラムが組まれる。それだけでも特殊な学校であるうえに、沖縄高専は私が進学した当時、開校したばかりということもあり周囲の理解は少なかった。このような環境にありながら高専への進学を決めた私のなかには、植物バイオテクノロジーへの強い興味があった。
 私が植物バイオテクノロジーに興味を持ったきっかけは、小学校の社会の授業中のことである。今となってはいったい何の授業をしていたのかは覚えていないが、先生がイネの品種改良の話をしていたのだ。マイクロピペット片手に白衣を着た研究者の写真を見た私は、白衣を着て研究する自分自身の姿を想像した。その後、遺伝子組換え技術の話を聞き、興味はいっそう深まることになる。そして、遺伝子組換えにより新しい植物を作成する技術に憧れを覚え、香り・色・形などを自由にデザインした花を咲かせたり、砂漠のような不毛の土地ににょきにょきと植物をはやしたり、そういう明るい未来を夢見た。そして自分の手で研究したい、そう思ったのだ。これが植物バイオテクノロジーを学びたいと考えたきっかけである。実際の話をすると、遺伝子組換え植物を作成するまでにはかなりの労力と時間を要する。また、遺伝子組換え植物は様々な問題を抱えているために受け入れられにくく、私が思い描いていたような未来とはほど遠いというのが現状だ。しかし私は、今でもそんな未来を夢みている。このように、科学技術は今も昔も私に夢を与えてくれた。

2.科学技術と
 私たちが生きる現代の社会では科学技術があふれかえり、私たちの生活の要所要所には科学技術が寄り添っている。もはや科学技術なしでは私たちの生活は成り立たないところまで文明は発展した。ところが世界では、環境問題やエネルギー問題などの科学技術の発展に起因する問題を抱えている。そのような問題の発生は科学技術にマイナスイメージを与え、現在も、そしてこれからも発展し続ける科学技術への不安を与えた。
 若干古いが、平成10年度に文部科学省が発行した科学技術白書*1 に掲載されたデータによると、科学研究の必要性や科学技術発達の必要性については70〜80%の人々が肯定的であるが、「科学技術が発達すると、我々の生活はより健康で快適なものになる」という意見には、肯定52%と過半数ではあるものの32%が否定しており、科学技術に対して期待を持つ一方で不安を抱く日本国民の様子が垣間見える。不安の種については、「科学技術が悪用されたり誤って使われたりする危険性がふえる」が最も多く、「科学技術が細分化し専門家でなければわからなくなる」、「科学技術の進歩が早すぎるためついていけなくなる」などの不安があるようである。現代までの科学技術の発達は、すでに述べたように様々な問題を引き起こしている。そういう背景を考えると不安を抱くことは仕方の無いことなのかもしれない。しかし、大人ももちろんのことながら、特に子供たちにとって私がそうであったように、科学技術は明るい未来への夢を与える存在であって欲しい。そのためには社会が抱く不安を少しでも和らげ、科学技術についての理解を得る必要があるのではないかと私は考え、以下のことを提案する。
 (1)技術者や研究者の倫理観を育てる
 (2)科学技術についての正しい情報と知識を与え、理解を得る

2.1.技術者や研究者の倫理観を育てる
 科学技術の悪用や誤った利用は、爆弾や生物兵器、化学兵器などの戦争の道具に見られる。また最近では、犯罪への利用も増えている。日本は核爆弾が落とされた世界で唯一の国であり、地下鉄サリン事件といった化学兵器を用いたテロも体験した背景を持つ。それゆえに「科学技術の悪用や間違った利用」に不安を感じる人々が多いのだろう。
 技術者や研究者は、専門知識を駆使し、人類にとって有用な技術を研究・開発するのが使命であると私は考えている。戦争や犯罪の道具としての科学技術は人類にとって有害であり、せっかくの専門知識をこのようなことに使うのはもったいないと思ってしまうのは私だけだろうか。倫理観が求められるのは、企業や研究所に務める技術者や研究者でも同じことであり、実験や品質検査などのデータを改ざんしたり、ミスや欠陥を知っていて放置するなどは許されない。そのような行為は一般の人々の科学技術に対する期待への裏切りであり、その積み重ねは科学技術への不安感を増幅させるだろう。そのようなことを回避するためにも、倫理観を育てることが大切であると考える。
 技術者や研究者は、専門技術を扱う者としての役割を把握し、その上での責任を果たさなければならないと考えるようになれば、しぜんと科学技術を悪用したり誤った使い方をすることは無くなるのではないだろうか。

2.2.科学技術についての正しい情報と知識を与え、理解を得る
 科学技術はまさに日進月歩の勢いで発展し、専門知識を持たない一般の人々には敷居が高く理解が難しいだろう。そのような状況が、「専門家でなければわからなくなる」「進歩についていけなくなる」といった不安を生んでいるのではないだろうか。また、入ってくる情報も新聞やニュースなどを通してでしかなく、そうして得る情報はほんの一部だ。その情報でさえ、偏った報道をされることがある。最近ではネットの発達に伴い大量の情報が氾濫し、正しい情報も間違った情報も入り乱れ問題となっているため、要注意だ。
 情報と知識不足が一因で理解を得られなかったものに遺伝子組換え作物がある。遺伝子組換え作物の場合、それのはらむ問題点ばかりにスポットが当てられ、遺伝子組換え作物は人体に危険であるという認識が社会中に浸透した。それによって起きた消費者アレルギーは現在も根強い。これは、遺伝子組換え技術についての知識がほぼ無いに等しい国民へ、正しい情報と知識の提供がなされず、不安と混乱を招いた結果なのだろう。本来なら、遺伝子組換え作物の短所も長所も述べたうえで食べる、食べないの判断を託すべきだったのではないだろうか。
 一般の人々はわからないから不安を覚えるのである。きちんとした知識と情報を与え、そして、ただ与えるだけでなく、専門知識を持たないものでも理解できるようにわかりやすく伝えていかなければ、科学技術への理解を得ることはできないと私は考えている。

3.おわりに
 科学技術に対する不安は、今後の科学技術の発達の足枷となるのではないだろうか。そうなる前にその不安を解消し、理解を得る努力をしなければならないと私は考えている。夢を与え続ける科学技術はしぜんと人類の生活を幸福にするだろう。幼かった私が植物バイオテクノロジーを知って明るい未来を夢みたように、人々が、そして特にこれからを担う子供たちが科学技術に対して希望を抱き夢を見ることができる、そんな科学技術であって欲しいと思う。

【参考文献】

科学技術白書(平成10年度版)
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa199801/hpaa199801_2_014.html