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2009年(第11回)

【特別賞】
再生医療のこれからを考える〜再生医療研究に携わって〜
同志社大学大学院 生命医科学研究科 修士課程1年
山本 真弓
山本 真弓

 「日本初!ヒトES細胞の樹立に成功!」このニュースが新聞の第一面を大きく飾ったのは私が高校2年生の時であった。多能性幹細胞であるES細胞は、どの組織も作ることができ治らない病気はなくなる時代がやってくる。私は、人間が再生可能になることへの懐疑と同時に再生医療という次世代医療への興味とわくわく感でいっぱいだったことを今でも鮮明に記憶している。私が本当に再生医療の研究に携わる機会を得ることができたのは、それから5年後のことであった。

 現在、私は角膜の再生医療の研究を行っている。角膜は上皮層・実質層・内皮層という3層構造を有しており、私の所属する研究室では既に角膜上皮の再生医療技術の開発を行い患者の治療法として臨床応用している1)(図1)。現在、研究室では、内皮層と実質層に関する再生医療技術の開発に取り組んでおり、角膜混濁によって失明に至った患者さんの眼に光を取り戻すための治療法の開発を目指している。私は、外来の見学をさせて頂いた際に診察室前の廊下に行列ができるほどの患者さんの多さとそれぞれの患者さんの病態の重症度の高さに衝撃を受け、この研究を始める決心をした。1日でも早い再生医療技術の開発を待つ患者が多くいる現状があり、求められていることを実感した。再生医療とは、機能不全に至った臓器・組織の機能を回復させることを目指す医療であり、細胞移植、組織移植、遺伝子治療などにより機能の再生を図るかまたは人工組織を用いて代替することで改善させる治療法である。かつてより臓器移植は行われてきたが、ドナー不足と拒絶反応が現在大きな問題となってきており、再生医療技術の開発は望まれている。

 しかし同時に、再生医療の研究に携わってその問題点に気づくことができた。ES細胞やiPS細胞を用いた治療法には、倫理的問題または倫理的問題は解決されているものの癌化や発生初期の細胞を用いるため生体内で目的以外の組織になる可能性が否定できない。最も臨床応用が近い方法は各組織に存在する幹細胞である体性幹細胞を用いた再生医学的治療法であろう。既に開発され患者に臨床応用されている皮膚や角膜の上皮組織の再生医療技術はこの体性幹細胞を用いたものである。問題はこの技術の普及の難しさである。通常の医薬品であれば、製薬企業が製品化して全国の病院や患者のもとへ届けることができる。しかし、再生した組織を製品化するためには越えるべきハードルが多くある。まず1つ目にオーダーメードの特性から大量生産が難しい点である。患者自身の細胞から再生させるのであれば、注文を受けてその度毎に作製することになりコストが増加する。次に、運搬方法である。生の組織を全国各地へ配達するには細胞や再生組織にダメージを与えない工夫が必要である。3つ目に安全性の面である。ヒトへの臨床応用に用いるためには、安全性と幹細胞や再生組織としての機能、品質が保証されなければならない。2002年7月の改正薬事法により、再生医療製品は新たに対象に加わり、薬事法の範囲で規制されることが決定した。つまり従来の医薬品と同様にGMP (Good Manufacturing Practice) に対応した生産設備の建設と運用が義務づけられた。さらに、再生医療製品には通常の医薬品以上に厳しい基準が追加され、製造者に対して製造時にはドナーの選択基準など原材料の安全性確保を、市販後には製品・添付文書への適切な表示、ドナー記録・販売記録の保管、感染症の定期報告が義務づけられた2)。これらの問題点から製薬企業を中心とした企業アンケート結果では、再生医療の研究開発を実施している企業は44.4%、検討中の企業が22.2%、予定がないまたは興味がないと回答した企業は33.3%であり、半分以上の企業が再生医療研究の実施に踏み切れていないようだ3)。また、改正薬事法に基づいて2003 年6 月に省令 が出され、治験は従来の企業主導に加え医師主導で実施することが可能になったが、再生医療分野では大学病院であっても症例数には限界があり医薬品と同数の症例を集めるのは困難である。医師主導の治験であっても企業主導と同様のGCP 基準(Good Clinical Practice)を守らなければならず、要件をクリアするのは容易ではない。特に患者本人の細胞から再生した組織を自家移植する場合、製品は患者ごとに異なり安全性を保証することは難しい。

 とはいえ患者がいる以上、研究開発を続け出来るだけ早く患者の元へ医療として届けることが研究者の使命である。この問題を解決するためには、私は産学官の連携が必須であると考える。産学官の各々が「bench to bedside(研究室から患者のベッドサイドへ)」という視点を持つべきだ。大学や企業では基礎研究で終わらせるのではなく、その成果を患者の元へ届ける努力をすべきである。そのために基礎研究の段階から臨床応用を視点にした研究内容や方法を選別すべきだ。官公庁や政府機関は、その新しい医療を人々が受けやすいような制度を整える必要がある。こうして産学官すべての人の努力の結集が今後の再生医療を支えていくと考える。また、ドナー組織からの細胞を使用して多くの患者に再生組織を提供することも提案したい。現在の組織・臓器移植は、1つのドナー組織に対して1人の患者が移植可能だが、ドナー組織の細胞を培養し増殖させて複数の再生組織を作製することで1つのドナー組織から複数の患者に組織を提供できドナー不足の問題は解決されると考える。そして「再生組織バンク」を設立しドナー組織から作製した複数の再生組織を管理し蓄えておくことで、全国のすべての病院にいつでも素早く届けることが可能となる。再生組織バンクとして1つの場所で様々な再生組織を管理することは安全性や利便性が高まると考えている。

  さらに、異なる側面からの提案もしたい。それは、再生医療が必要になる前に患者の病態を予防することである。再生医療が適応される多くの場合は、医薬品では治癒せず臓器移植以外に方法のない重症疾患である。もし、重症疾患になる前にそれを未然に防ぐことができたら多くの患者が失明や各組織の機能不全などの病気で苦しむことはなくなる。予防の対象となるのは、手術後の合併症や他の病気からの合併症によって発症する病気である。再生医療研究と同時に予測できる疾患に対しては予防薬や予防法の開発も望まれると考えている。実際に私は現在、角膜再生医療の研究と並行して角膜混濁に対する予防薬の開発も行っており、両方の側面から研究を行うことの重要性を実感している。

 これからの再生医療を考えた時、様々なアプローチから様々な人々が協力してこの新しい医療を築き上げていく必要がある。再生医学は組織工学とも呼ばれ医学や工学などあらゆる分野の融合領域である。再生医療技術の開発という1つの目標に向かってあらゆる分野の人が力を合わせていくことが再生医療の実用化を生み出し、さらにはそれぞれの分野の技術向上、日本全体の科学技術の発展を導くと考えている。特に日本は皮膚の分野では製品化が実現できており、角膜の領域でも研究段階では日本が世界に先駆けている。今後は日本が世界をリードして安全かつ画期的な医療技術の発展や患者のQOL (Quality of Life) を高めることが期待できる。そのためには関わるすべての人々がお互いの情報を共有し、話し合いをすることが重要だ。情報共有を正しく行うことができれば、各々が次にすべきことが明確となり技術の実用化が可能になる日はより近くなるだろう。私も今後の科学技術の発展を担う一人として、再生医療を患者さんのもとに届けるためにbench to bedsideの視点で研究活動に励んでいきたい。

図1.角膜上皮再生医療の概略 (文献4より引用、一部改変)

【参考文献】
1) Koizumi N, et al. Cultivated corneal epithelial stem cell transplantation in ocular surface disorders. Ophthalmology. 2001;108(9): 1569-1574
2) 日本における再生医療ビジネスの取り組みと課題−ジャパン・ティッシュ・エンジニアリングの事例分析に基づいて− http://coe21-policy.sfc.keio.ac.jp/ja/wp/WP45.pdf
3) 再生医療−日本再生医療学会雑誌vol .9 No.1 2010年2月1日発行 メディカルレビュー社 p105-110
4) 日本眼科学会雑誌 111(7) 2008年7月10日発行 財団法人日本学科学会 p493-503