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2009年(第11回)

【特別賞】
透明標本で日本の生態系を見つめる
新居浜工業高等専門学校 生物応用化学専攻 2年
豊田 賢治
豊田 賢治

 現在、私たち人間の生産活動は様々な環境問題を引き起こしている。なかでも、温室効果ガスによる地球温暖化や酸性雨、森林の伐採、あるいは、内分泌撹乱物質(環境ホルモン)等の環境問題は、地球に生息する多種多様な生態系の存在を脅かしている。さらに、近年、ペットとして輸入されている外来種が飼い主から逃げ出したり、捨てられたりすることにより野生化し、従来の生態系バランスを脅かしている。私の生まれ育った町も、私が小学生だった10年ほど前までは用水路や田んぼに足を運ぶとザリガニやメダカ、カブトエビ等の様々な生き物に出会うことができた。しかし、現在は用水路や田んぼを覗いて生き物を見つけ出すことはとても難しくなっている。多種多様な生き物が姿を消している理由としては、田畑に散布されている農薬の影響や、コンクリート整備による生態系の破壊が主な原因だと推測されている。この10年あまりで私の身近な生態系が失われてしまったことは、私が環境問題を考える機会としては十分すぎるものであった。そのなかで、私なりに環境問題と向き合い、多種多様な生態系を保存することの重要性を世間に訴えていく方法として考案したのが、透明標本による標本資料の作製である。

  透明標本とは、タンパク質を透明に、軟骨を青色、硬骨を赤色に化学的に染色する標本化技術である。透明標本は、従来の骨格標本や液浸標本に代わる新しい標本化技術として注目されており、その他に類を見ない芸術的な仕上がりからインテリアとしての人気も高い。本提案は、各地で定期的に実施されている現地調査等でサンプリングされた生物を透明標本化することにより、その地域の生態系や個体間の小さな骨格の変化を長期にわたって観察できる資料を作製するものである。透明標本は軟骨や硬骨を化学的に染色するため、気候変動や人間の生産活動に起因する長期的な生物個体への影響を目に見える形で追跡が可能である。主に標本化をおこなうのは魚類や両生類、爬虫類などの生物である。この理由は、水棲生物や爬虫類の多くは生息環境の変化や化学物質の影響を強く受けやすいため、透明標本化した際に、個体間の違いを観察しやすいためである。本提案を通じて、次世代を担う子供たちに日本の豊かな生態系を守ることの大切さを伝えることができると考えている。また、大人をも魅了する透明標本の高いデザイン性は、子供だけにとどまらず、大人たちにも環境問題への関心を持ってもらえる良い機会を提供できると考えている。

 本提案の実施例を説明する。身近な地元地域の河川や渓流で採取できる生物をサンプルとし、透明標本を作製する。この作業を1年や2年間隔で定期的に実施する。さらに、有害性のある多種多様な化学物質がどのような発生源から、どの程度環境中に排出されているのかというデータを集計し、公表するシステムであるPRTR制度を合わせて利用することを提案する。各地域のPRTRデータと、その地域に生息する生物種の透明標本を組み合わせることにより、各地域の長期的な自然環境と生態系の変化を視覚的に捉えられる資料が作製できると考えたのである。つまり、ある同じ生物が自然豊かな河川と工業地帯に近い河川で生息していたと仮定すると、両者になんらかの個体間差異が見出せる可能性がある。しかし、河川などの自然環境の汚染度は人間の目で確認するだけではあまりに漠然としている。そのため、PRTRデータを用いることにより、環境の汚染度を公開されている正確な数値と比較できるため、透明標本による骨格の観察結果と相関性が得られる可能性が高いと考えた。
  透明標本は指導者が存在すれば小中学生でも作製が可能なため、学校近辺の河川に生息する生物をサンプリングし、透明標本化することで毎年標本資料を蓄積していくことが可能になる。これにより、地元地域の長期的な環境の変化と生態系の関係を考えることができる貴重な機会を子供たちに与えることができると考える。

  本提案で最も重要なポイントは、“長期的”な活動を続けることである。生態系や個体間の変化は1年2年で観察できることは少なく、10年、15年、20年と長期的な期間で比較しなければならない。しかし、化学技術の進展が目覚ましい現代において、実験データには正確性や再現性に加えてスピードが求められているのも事実である。そのため、科学技術ばかりが先行し、短期間で得られた成果が偏って蓄積されているように感じてしまうのである。私は短期間の成果主義には大きな危険も伴うと考えている。なぜならば、生物は大昔からその時代に適した形質が淘汰され進化を重ねてきたのである。その進化とは、ある日突然、がらりと姿形が変化することではなく、長い時間をかけて起こる小さな変化をより集めたものであると考えている。つまり、生態系の変化を観察するのであれば、短期間でおこなうのではなく、長い時間をかけて綿密に調査するべきであると思う。『カマキリは大雪を知っていた』の著者である酒井與喜夫氏は「カマキリが高いところに産卵すると大雪」という雪国に伝わる古い言い伝えを証明するため、約40年間、年に一度しか入手できないデータを1人で集められ、科学的見地から成果をまとめ報告されている。このように、自然界で起こっている現象を私たち人間が科学的根拠をもとに明らかにしようとするならば、科学技術の発展に尽力するばかりでなく、大自然に耳を傾け、長期間にわたる地道なデータ収集も必要なのではないだろうか。

  多種多様な生態系を守るために、私たち一人一人には何ができるのか明確には分からない。そのため、私が提案したPRTRデータと透明標本を用いた生態系や個体間差異の長期変化を観察する取り組みは、多くの人々に生態系の保全に関する興味関心を持ってもらう1つの良いキッカケになると思っている。生態系の保全は、地球温暖化や酸性雨などの環境問題と異なり、私たちの生活に直接大きな被害を及ぼさないため、興味関心をなかなか持ってもらえないように思う。しかし、全ての環境問題に共通していることであるが、私たち人類が直面している問題に興味や関心を持ってくれる人々が増えれば増えるほど、問題の更なる深刻化は食い止めることができると思う。
 私たちが解決しなければならない環境問題は山積みであるが、全ての環境問題は生態系の喪失に直結している。つまり、生態系の破壊を食い止めることが全ての環境問題の解決に繋がっているのである。私が提案した透明標本による生態系資料を通じて、1人でも多くの方に変わりゆく生態系に興味関心を持ってもらうことができれば、絶滅に追い込まれる生態系は激減するであろう。自分の住む町の、小さな世界の生態系に目を向けることが、結果として地球上の豊かな生態系を守ることになるのである。

【参考文献】

書籍名:カマキリは大雪を知っていた
著者:酒井與喜夫
発行日:2003年10月5日
出版:農村漁村文化協会