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2008年(第10回)

【入賞】
日本のクリエイト
熊本電波工業高等専門学校 電子制御工学科 3年
上田 陽介

 松尾芭蕉、歌川広重、葛飾北斎は世界中で賞賛されている日本人だ。歴史的画家のフィンセント・ファン・ゴッホは大の浮世絵ファンであり、日本から輸入された浮世絵をパリやアムステルダムで買いあさり、浮世絵独特の表現技法を学んだ。オランダの国立ファンゴッホ美術館には当時ゴッホが歌川広重の「大はしあたけの夕立」を模写した作品が残っている。他にも映画監督の北野たけしや黒澤明、服飾デザイナーのNIGOこと長尾智昭などが有名だ。同じ“つくる”という観点からみて、科学技術に対しても日本は依然高い地位を保っている。性能,品質ともに良いとされており、最近公開された映画「トランスフォーマー(Transformers)」[1]では、車が巨大なロボットに変形したシーンに主人公が「たぶん日本製だ」と言う台詞が出てきた。実際のヒューマノイドロボットも、日本が先端を担っている。日本はクリエイトすることに関して、世界から一目置かれている存在なのだ。大昔から現代に至るまで、日本人は溢れ出る創造意欲に駆られてきたのではないかとおもう。


 その例として近年の、インターネット上での電子媒体による個人のクリエイトの増大が挙げられる。そのなかでも近年特に活発な動きを見せているのが携帯小説である。携帯電話が誰でも持てる時代になり、ネットへの接続環境も良くなり、誰でもどこでも気軽にネットへ接続できるようになった。普通に小説を書き、多くの人に見てもらうには、多くの手間と多くの資金がかかる。それにたとえその小説が出版まで漕ぎ着けたとしても、売れるかどうかも分からない。携帯小説であれば気軽にどこでも執筆でき、なおかつその小説をネットを介して多くの人々に見てもらうことができるのだ。ネット上での情報伝達は早いため、一度話題になれば更に大きく広まる。また、その小説のネット上での評価が上がれば、書籍化することもできる。しかも、ネットの評価のお墨付きなので、一般に小説を書くことと比べて、携帯小説という話題面、売れることが分かっているという収入面からみて、成功の確率は高い。しかし、ここで注目してもらいたいのが、携帯小説の執筆者の目的が執筆したことで得られる利益や評価ではないと言うことだ。携帯小説の多くは自らの手で作品を作り上げたいという創作意欲と、それを誰かに伝えたいという気持ちの塊で、利益目的ではないのだ。同じくyoutube[2]やニコニコ動画[3]といった動画投稿サイトの発達も挙げられる。情報化が進み、個人個人が自分の作品を日本中、世界中に伝える手段が整った今だからこそ、利益を越えたところにあるものを求めようとしているという、人々の思いが如実に現れているのではないだろうか。では、科学技術という、きわめて利益追求に近いクリエイトはどうあるべきであるか。


 私の尊敬する人に、高橋(たかはし)智(とも)隆(たか)[4]というロボットクリエイターがいる。彼は世界的科学誌「ポピュラーサイエンス」誌の「未来を変える33人」に選ばれ、また彼の発明した二足歩行ヒューマノイドロボット「クロイノ」も、米国「TIME」誌の「もっともクールな発明」に選ばれている、今世界が最も注目しているロボットクリエイターである。彼がつくるロボットは、見た目も動きも愛らしく、まるで小さなころ見たアニメに出てくるロボットをそのまま作り上げた様だ。わたしが尊敬するのは彼のロボット製作スタンスだ。彼の今までの成功の数々もさることながら、私は強くこれを評価したい。「エミダスマガジン」のインタビューで彼は「何もないところから考えて、材料を切り出して、それがカタチになっていく楽しさ、モノづくりの魅力はそれに尽きる。」と言っている。この言葉に私は強く感銘を受け、共感した。小学校の図工で,自由に作品を作り、段々と形が出来てくるわくわくした感情、そしてそれが出来上がった時に沸いたあの計り知れない達成感を思い出した。“科学技術”と言えば世間的には何か堅苦しいイメージを持ってしまうが、図工の延長線にあるものと考えれば、とても楽しげでは無いだろうか。小さな子供が紙とクレヨンを見て,絵を書きたがるように、この世界にある多くの素材を使って何か役に立つもの、面白いもの、美しいものをつくることが科学技術者のやることなのだ。私も利益を出すことよりもクリエイターとして科学技術を学びたい。
 しかし、クリエイトは利益と繋がらなければ意味がないということも事実だ。採算が合わないことで運行が停止したイギリス、フランス共同運営のコンコルドだが、製作段階で採算が合わないことは分かっていたとのことだ。しかし結果、コンコルドは赤字覚悟で大空を飛んだ。“コンコルドの誤り”[5]である。音速で飛ぶというすごい飛行機を作ったことは大きな話題になった。その科学技術は賞賛に値する。しかし,赤字を残して終わり、なおかつ失敗の代名詞になるという不名誉な結果に終わってしまったことを考えると、はたしてどう評価すべきか。ヒューマノイドロボットのように、パフォーマンス性を重視したクリエイトであったならば大成功だっただろう。しかし、コンコルドはあくまでも利益目的だったのだ。ヒューマノイドロボットであってしても、自社の技術力を示す上で、多大な利益に繋がる。しかし、コンコルドは利益に繋がるどころか、運営していたイギリス、フランス両国に損害をもたらした。いくらすごい技術であったにせよ、存在することで損をするクリエイトはあってはならないのだ。また、クリエイトしたことによって様々な害が及ぶこともある。


 1960年代の高度経済成長期[6]によって、日本は技術発展によって国内総生産世界2位という今でも揺るぐことのない高い地位を獲得した。それは科学技術の発展の成果であり、科学技術立国と言われるが由縁である。しかしその影で,大気汚染,水質汚染が深刻化し、水俣病、四日市ぜんそく等の公害病が発生した。今同じようなことが中国で起こっている。これはクリエイトによる害だと言わざるを得ない。また、このようなクリエイトによる害をもさらに挙げれば,今日の食品衛生問題、環境問題、核爆弾、戦争など、健康被害から人類の生死に関わる問題にまで、科学技術は関わっている。
 このように、クリエイトすることは、自らを楽しませること、有効利用出来ること,愛でられるもの、生かすこと、殺すこと、あらゆる面を持っている。では日本はこれからどうクリエイトするだろうか。
 先に述べたように、日本は高い技術力を持ち、また自国で起こった公害問題によって、環境に対しての理解もある。長い戦争の歴史から、戦争を起こすべきでないと言う深い思想がある。いうなれば,現時点で発展途中である世界各国に対して、日本はより先の、先行者としての高い視点で科学技術がどうあるべきかを見ることが可能なのである。昔から現代に移ることで、日本の科学技術は戦争で人を殺す技術から、生活をより豊かに、面白くする技術に。利益のため環境を破壊する技術から、エネルギーを有効利用し、環境を改善する技術になった。科学技術はこうも多くの顔をもつことを日本は知っているのである。この、日本のクリエイトのセンスは大国アメリカにもひけを取らないと私は思う。この環境下で日本人はクリエイトのあり方をすり込まれ、日本独自のクリエイトが生まれるのだ。過去の暗い時代を乗り越えたからこそ存在している今日の日本のクリエイトは、より独創的で繊細かつ大胆なパフォーマンスを見せるに違いない。

【参考文献】
[1] 映画「トランスフォーマー(Transformers)」
製作指揮:スティーブン・スピルバーグ
監督:マイケル・ベイ
[2] youtube
[3] ニコニコ動画
[4] 2007年発行「エミダスマガジン学生版vol.4」2項~5項 “高橋智隆”巻頭インタビュー
発行:株式会社エヌシーネットワーク
[5] コンコルドの誤り 著者:長谷川真理子
[6] 2008年発行「詳説日本史B 」370項~375項  出版:山川出版社