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2008年(第10回)

【入賞】
科学技術の礎
千葉工業大学 工学部 生命環境科学科 4年
市川 茉莉絵

<1.はじめに>
 “科学技術”というと何を想像するだろうか。最新の測定装置、コンピュータを駆使したハイテク技術、目では見えないナノスケールの観測。私にとってはそういったものが21世紀の科学技術だった。確かに今でなければ実現できない技術だが、これらが確立されるまでには多くの科学者たちによって数えきれないほどの研究がなされている、ということを私たちは見落としていないだろうか。私は最近その事実に気づき、それら基礎研究に目を向けるようになった。今や私たちが生活する上で欠かせない科学技術はすべて基礎研究の上に成り立っている。多くの人にそのことを知ってもらいたいと思い、今回この論文を書くに至った。

<2.世界最高精度の装置>
 私は現在大学4年生で自ら希望して他大学で卒業研究を行っている。最初に世界最高精度を誇る熱測定装置があると聞き、どれほどの機械だろうと期待していた。だが、そこで見たのは私が想像していたような全自動の装置ではなかった。20年前に作られたというその熱量計は、設計から組み込まれたプログラムまで全て手作りの原始的なものだった。真空を引くためのガラス細工は全て人の手によるものであり、つながれたコンピュータは何年も前の古い型である。最初はこれが本当に世界最高精度の熱測定装置なのか、と驚いたが、実際に測定を始めてみると素晴らしいデータが出てきて感動した。Fig.1に実際に測定した熱容量測定の結果を示す。驚くべきは、このプロットが全て生のデータであるという点だ。横軸の温度Tに対して測定された熱容量Cpのデータはそのままのプロットである。1点1点が時間をかけて測定した点であり、その点をつなげるとこんなにも美しい曲線を描く。世界中見ても熱容量の生のデータでこれだけのプロットができる装置はそうないだろう。さらに、これが20年前に設計された装置であり、多くの熱容量測定をして20年たった今でもこれだけの精密な測定ができるという事実に感嘆する。次に熱容量測定についての概要を記す。そこでこの装置の精確さと基礎研究の実例を少しでも知ってもらいたいと思う。

<3.熱容量測定>
 “熱容量”というと、聞きなれない人が多いかもしれないが、“比熱”と言えばわかる人もいるのではないだろうか。基本的には同様の状態量である。比熱は単位質量あたりの熱容量であり、熱容量を1g当たりで表したものである。教科書には、「水1gの温度を1℃上げるのに必要なエネルギーが比熱である」と書かれている。要するに温度を上げるのに必要な熱量である。この熱容量は多くの情報を含むので、熱容量測定による熱力学的な議論から物質の振る舞いが考察できる。
 しかし、熱容量は化学的に重要な量でありながらその測定方法は未だ確立されていない。今回私が用いたのは断熱法と呼ばれる方法である。断熱法は正確な熱容量データを出すことができるが、操作が非常に困難である。その条件設定が最も難しく、外部からの熱を遮断して真空の状態で測定しなくてはならない(これを熱力学的には孤立系という)そのため断熱型熱容量計に市販のものはなく、研究者による手作りのものが多い。断熱法では試料を孤立系の状態に置き、熱力学的平衡状態にあると仮定して温度T1を測定する。次にその断熱状態を維持したままエネルギーΔEを加え、その後の温度T2を測定する。試料は加えられたエネルギーのみに依存すると考えてT1とT2の平均温度Tにおける平均熱容量としてC=Δ E/ΔTを得る。ここからあらかじめ測定しておいた試料容器の熱容量を差し引いて、試料自体の熱容量とするのである。この方法で測定した熱容量のデータをプロットしたものがFig.1である。この測定では、試料を3日かけて真空にひいた装置の中に入れ、測定中は熱漏れ、真空漏れがない状態で装置を制御しながら測定する。一旦測定を始めたら、装置から目を離せない。私も測定を始めるまでは、そんなに大変な作業であるとは知らなかった。学生実験では、ボタンを押して放っておけば測定してくれる全自動の装置しか扱うことがなかったからだ。“世界最高峰”と自他共に認める熱容量データがこんなに地道な作業によって生まれているという事実は私の科学に対する世界観を変えた。それが何の役に立つの、と思う人もいるかもしれない。しかし実際に自分で実験をして思ったことは、「役に立つからやる」のではなく「やってみてから何の役に立つかを考える」ことが大切である、ということだ。まずはやってみないことにはそれがどういう性質をもち、何の役に立つかはわからない。私はそれこそが“基礎研究”であり、そこで実際に何の役に立つかを考えるのが“応用研究”であると思う。どちらも決して外せない。今、私たちがこんなに豊な生活ができるのは、「まずはやってみよう」と考えた基礎研究が始まりだったのではないかと思う。私たちは今、そのことを忘れかけているのではないだろうか。

<4. 研究者の自負心>
 私が研究の中でもう一つ学んだのは細部にまで決して手を抜かないということである。条件の設定法、記録の取り方、試料の扱い方、図の記述法など、私も測定中に数多くの注意を受けたが、一般人が見れば「そんなところまで?!」と驚くと思う。細部にまで常に気を配ることで僅かな異常も見逃さない。測定中は一瞬でも気を抜くことが許されない。これは基礎研究だけではなく、殆どの研究者はそのような状況で実験を行っている。だからこそ、今までに誰も気づかなかったようなことに気づき、それが新しい発見につながるのだろう。そして、研究者はみんな自分の研究にこだわりがあるからこそ、その結果には自信を持っている。私は以前、指導教員に「自分で行った実験データとすでに同様の実験が行われた文献のデータを比較して値が大きくずれていた場合、自らが行った実験データの方が正しいと言えないような実験ならしない方がいい」と言われて感銘を受けたことがある。実験に苦労した分、その結果には自信を持つことができる。だから大変でも続けられる。もちろん失敗も多いが、その失敗は必ず次の実験につなげることができる。「失敗は成功の母」と言ったのは科学者のエジソンではなかっただろうか。科学者だからこそ出てきた名言であると思う。このような失敗と苦労の積み重ねの上に今の技術の進歩がある。

<5. これからの科学技術>
 そのため、私にとって科学の進歩はとても尊いものである。最近、ここまで環境の破壊が進んだのは科学技術が進歩しすぎたからであるという話を聞いてショックを受けた。私はそうだと考えたくはない。科学がここまで進歩するまでにどれだけの失敗、犠牲、苦労があったのかは計り知れない。単に技術の進歩イコール自然破壊というふうには考えないでほしいと思う。これからもきっと科学技術は進歩し続けるだろう。私は科学で環境を救うことができると信じている。人類は科学技術の進歩によって空を飛べるようになり、宇宙旅行さえもできるようになった。未解決だった物理学や数学の問題も証明された。髪の毛1本に大量の情報を詰め込むこともできるし、クローンを作ることだってできる。ほんの100年前には想像もできなかったようなことができるようになった。科学に不可能はないと思う。しかし、使い方を一歩間違えると普段私たちが生活する上で欠かせない電力をつくっている核エネルギーは原子爆弾という人を殺す凶器にもなる。だからと言って核エネルギーが悪というわけではない。大切なのは私たちがそのような科学技術の二面性を理解した上で冷静に判断することであると思う。きっとまた失敗はあるだろうけど、次の成功に生かすことができるはずだ。ここまで科学を進歩させたのは人類なのだから。私はこれからも研究を続けていく上で今までの技術をつくった研究者への敬意を忘れないでいたい。

 

【参考文献】
1) 阿竹 徹 編著 “基礎科学コース 熱力学”p38-40 丸善(2001)
2) 日本熱測定学会 編 “熱量測定・熱分析ハンドブック”p44,45 丸善(1998)