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2008年(第10回)

【特別賞】
変わり行く世界を先導する、プロフェッショナルな人間育成の必要性
慶応義塾大学大学院 理工学研究科 開放環境科学専攻 修士2年
野上 大輔

<1.直面する冬の時代>
 中国やインドなど、いわゆるBRICs と総称される新興国の近年の発展は目覚しく、近い将来、国際競争のパワーバランスが大きく変革することが予想される。先進国を追う立場にあるこれらの国々を取り巻く貪欲なエネルギーは、戦後の高度経済成長期を経た日本にとっても、記憶に新しいのではないだろうか。敗戦国としてゼロからの出発と言う逆境にも拘らず、その成長を支えたのは復興への強い意思であり、そして先を行く明確な目標としての欧米諸国の存在だった。
 時代は移って悲願を達成し、1987年に日本は、国民一人当たりの GDPが世界第一位の経済大国にまで成長した。追う立場から、初めての追われる立場へ。だがその時代は瞬く間に終焉を迎かえ、GDPの順位は20位前後まで大きく後退し、国際影響力の低下も著しい。
 そして産業力の低下は技術レベルには留まらない。厚生労働省による2005 年の人口動態統計の年間推計では、日本の少子高齢化に歯止めが利かず、出生数が死亡数を下回り、人口自然減の衝撃に直面した。人口の自然減を経験するのは、日本が人口統計を開始して以来の事態である。

<2.変革期に立つ日本>
 明治維新から二回の世界大戦を経て現在まで、日本の急速な社会発展は、すべて欧米先進諸国の成功事例に学ぶ形態であり、いわば勤勉に教科書を紐解いた結果とも言える。しかし日本初の人口自然減など、歴史的に学ぶ対象の無い未曾有の危機に直面した日本は、他の成功例に学ぶ従来のスタイルに、幕を下ろさなければならない。
 「欧米に追いつけ追い越せ」の精神が誤っていた訳ではないが、これまでの日本は、全ての欧米諸国を追い越した後の世界を想定していなかったように思える。世界に例のない少子高齢化社会を迎え、地球温暖化に向けて温室効果ガス削減の舵取り役として、社会や科学技術などあらゆる面で世界の先導者たる立場にある今こそ、日本の精神を入れ替える絶好の機会だと主張したい。
 国を担うのは、その場所に息づく人間である。日本の精神を入れ替えると言うことは、日本の政治的方針にのみならず、国民の精神を入れ替えることに他ならない。時代が変化している今、「追いつけ追い越せ」と闇雲に勤勉な人間を育成するのではなく、その先を見越し、新たな時代を切り開く未来を先導する人材を育成することが求められている。これこそが窮地に立たされた日本が、いま最も必要とする重要な観点である。

<3. 総合力から専門力へ>
 「角を矯めて牛を殺す」という言葉は、日本を的確に表した絶妙な表現だと感じる。牛の角の曲がりが気に入らず、矯正して真っ直ぐにしようと試み、牛を殺してしまう。即ち、僅かな欠点を直そうとして、全体を駄目にしてしまう例え話である。
 残念ながら、日本の教育システムは未だに牛を殺す方向に努力している。社会全体で、 成功を褒めるのではなく、失敗を叱る方針が未だに根深い。先行する欧米諸国への追従の時代には、均一の水準を満たした人間の生産が不可欠だったかもしれないが、全てを追い越した先導の時代においては、教科書を一から自分で作り出す必要性がある。従来の型に嵌らない新たな人材とは、他の追従を許さない圧倒的なパワーである。無論、視野が広いに越したことはなく、また苦手を克服することは決して悪いことではない。しかしそれに注力するあまり自身の専門を伸ばすことを怠ってしまえば、他者を圧倒する我を磨くことは出来ない。
 ここ数年の国際競争力では、北欧諸国は高い水準を維持している。例えば、国際的な学力調査でも好成績を収めたフィンランドは、その人口やGDP が北海道程度の規模にも拘らず、ノキア社の携帯電話やLinux など、世界中に影響を与える技術を有している。
 専門技術に特化し、その技術力を極限まで高めることで実現したフィンランドとは対照的に、日本の技術開発はあらゆる方面に向けられていた。自動車や電化製品など、様々な製品が世界を席巻していた時代もあったが、それも昔の話、現在では電化製品は韓国企業などにシェアを奪われている状況にある。
 実に象徴的であるが、日本の電機メーカーは開発製品群が実に似通っている。競合相手に追従して同様の製品を作り続けた結果ではないか。あらゆる部門で生産競争を引き起こすモデルは、単独メーカーによるシェア独占よりは健全な状態と言えなくもない。しかし既に敵は国内には留まらない時代であり、多方面への万遍無い注力は国際競争の激化する今日には適切ではない。今こそ企業は北欧型に習い、得意技術への選択的な注力が必要ではないだろうか。

<4. 科学技術を支える夢>
 就職活動を経て、社会で活躍する多くの方とお話をする機会を得た。
 その中で苦節の 20 年を語ってくれた方の言葉が、特に印象的だった。情報の流出を恐れ、窓の無い部屋で黙々と作業を続ける日々を何年も重ねてきたと言う。会社に貢献できないことに心を痛め、そして採算の取れない研究の廃止を恐れていた。しかし、どうしても実現したい「夢」があったからこそ、そうした逆境にも耐え、研究を続けることができたと、その言葉が印象的だった。その方の夢は近い未来、我々の目の前に姿を現すことが確定している。
 科学技術の発展には、夢が不可欠だと考えている。例えば、世界の最先端を行くロボットの研究は、鉄腕アトムやガンダムなどのマンガやアニメとともに育った子供たちが、幼心に抱いた夢を叶えようと努力した結果である。具体的な、そして魅力的な目標が見えているからこそ、その夢の実現に邁進することが出来る。「夢」の力は、想像よりも遥に大きい。逆に夢を抱けない仕事に、未来など存在するだろうか。
 即ち、いかに子供たちに夢を見せ、いかに夢が子供たちを魅せられるかが重要であり、幸いにも日本は夢を育む豊かな土壌に恵まれている。
 先ほど挙げた鉄腕アトムやガンダムのように、豊かなマンガやアニメの文化の熟成により、子供の頃からSF に登場する「カッコいいロボット」や「憧れの未来」に自然に触れることが出来る。SF 小説よりも早く、マンガやアニメによる視覚的な情報に触れられることで、より幼い頃から具体的な憧れを抱けるのは、世界的に見ても実に特殊で素晴らしい環境と言えるだろう。

<5. 未来を担う子供たちに向けて>
 子供たちを取り巻く環境が変わり、物質的に満たされた今日、夢が夢ではなくなってしまったのだろうか。手の届かない「欲しいもの」が見えていて、その「欲しいもの」に対して抱いた貪欲なエネルギーこそ、日本の発展の原動力の一つだったとすれば、物質的に満ち足りている今日の子供たちは、確かに昔ほどの夢を見なくなったのかもしれない。
 だが、物質的な夢が抱けないのならば精神を満たす夢を抱けばいい。例えば、宇宙と言うフロンティアを目指して宇宙飛行士に憧れればよい。その憧れのヒーロー像を子供たちに見せることが、現代の子供たちに夢を抱かせる重大なきっかけとなるだろう。
 そして、子供たちが寝食を忘れて没頭できる夢を抱いたとき、全力でそれを支援できる社会を実現しなくてはならない。夢に邁進する人材を適切な場所で活用することも忘れてはならない。科学技術の発展において、夢を叶える場所がないことは致命的な欠陥である。博士号取得者が冷遇されている現状を反省材料とし、国家レベルで未来への明るい展望を提示すること。そして万が一夢破れたときも、再チャレンジを促す環境づくりも不可欠である。
 人を育て、夢を育てること。そこで育まれた揺ぎ無いビジョンこそが、未来の科学技術を支える重大な要素である。日本の将来への投資を、今こそ怠ってはならない。

【参考文献】
1) 厚生労働省:平成17年人口動態統計(確定数)の概況
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei05/youyaku.html