過去の入賞論文
・2016年(第17回)
・2015年(第16回)
・2014年(第15回)
・2013年(第14回)
・2012年(第13回)
・2010年(第12回)
・2009年(第11回)
・2008年(第10回)
・2006年(第8回)
・2005年(第7回)
・2004年(第6回)
・2003年(第5回)
・2002年(第4回)
・2001年(第3回)
・2000年(第2回)
・1999年(第1回)





































































































2008年(第10回)

【優秀賞】
技術者と社会の歩み寄り
沖縄工業高等専門学校 生物資源工学科 5年
宮城 央子

 現代の科学技術は著しい発展を見せている。再生医療は、その中でも最も注目を集めている分野と言えるだろう。21世紀になり発表された人胚性幹細胞(ES細胞)や、昨年に京都大学の山中教授らが科学雑誌“cell”に発表した人工多能性幹細胞(iPS細胞)などは記憶に新しい。このように、日々発展しうる医療の世界においては、様々な問題がとめどなく浮上する。それは、技術的な問題であったり、倫理的な問題であったり、社会的な問題であったりするわけだが、この中の社会的な問題においては、『先端医療の現状に対する社会の理解度の低さ』が最も大きな割合を占めると考えられる。技術に対する理解度の低さは誤った解釈を招き、結果その技術の前進を妨げる可能性もあるだろう。この問題は、今後解決しなければならない大きな課題のひとつと言える。

<1. 先端医療技術と私たち>
 我々にとって、リアルタイムで研究・発展し、今この時にも新発見がなされているかもしれない医療の世界は未知、あるいは表面上の理解である場合が多い。医者や技術者でない限り、専門雑誌を日常的に読むわけでもなく、研究現場を実際に見ているわけでもない。我々の先端医療に対する知識というのは、新聞・テレビなどのマスメディアを通しての物が多数である。しかし、このマスメディアを介しての知識には偏りが生じやすい。その理由としては、マスメディアは限られた時間内・紙面内での情報の伝達を主としているため、特定の部分のみにスポットを当てることが多々ある、ということが最も大きいだろう。その結果、特定の物事に対し、社会の理解度は偏ったものになることが多い。そして、大衆に−度偏った知識を印象付けてしまうと、後から中立な目線に戻し真意を理解させることはなかなか難しくなる。また、専門の話題になるにつれ、記者が本当に理解しているかどうかも重要になってくる。伝え手が内容を理解していないと、伝達に矛盾が生まれたり、不適切な表現が使われ、受け手の理解度も減少したりする。

<2. iPS細胞の事例>
 iPS細胞の事例においても同様なことが言える。iPS細胞の樹立成功に関し、紙面やテレビは、『iPS細胞の樹立が成功した。これで倫理的問題は解決される』という内容を大々的に報道した。しかし、まず、このiPS細胞樹立に至るまでには、多くの時間と犠牲が必要であったことを忘れてはならない。
 iPS細胞を作成するきっかけとなった大本の実験は、半世紀程前ジョン・ガートンによって行われた、アフリカツメガエルの体細胞を利用したクローンカエルの製作実験である。そのおよそ20年後、マーテイン・エバンスがマウスのES細胞を世界で初めて製作し、次いでジェームズ・トムソンが1995年にアカゲザル、1998年にヒトのES細胞をそれぞれ世界で初めて作り、注目を集めた。1996年には羊の胚を使用してのクローン体製作実験が行われ、技術の進歩により世界初のクローン羊、ドリーが誕生した。そしてヒト医療に対してES細胞を使った場合の倫理的問題は各メディアで大きく取り上げられることとなった。
 このように振り返ってみると、『いくつかの実験がこの半世紀の間にあり、その結果iPS細胞ができた』という、流れは理解することができる。しかし、実験が半世紀の間に行われ続けてきたという真意を理解できる人はどれほどいるのだろうか。実験の対象となっているのはカエル、羊、サル 人間などの胚である。言い換えれば、これらが半世紀もの間、実験に使用され続けていたということだ。iPSの成功までにどれほどの命が消えたのか、考えた人はどれほどいるのだろうか。犠牲なしに現代の医療は成り立たないのである。
 人体内における欠損部位・臓器の補充を行う目的で研究されてきた医療は、臓器移植から始まり、クローン技術へと発展した。そして21世紀に入ってからは再生医療として、ES細胞を経て、現在のiPS細胞の研究へとたどり着いたのである。iPS細胞ができたことにより、ES細胞において最大の問題点であった生命倫理的問題は解決された。人の受精卵を使用するES細胞と、皮膚の細胞を使用するiPS細胞には、生命倫理的な面で確かに大きな一線が引かれていた。この一線を越えたことで、ES細胞では不可能に近かった今後の研究も展開することができただろう。しかし、マスメディアがこの倫理的問題の解決のみを大きく取り上げた結果、幹細胞を利用して再生医療を行う際の障害全てが解決されたように勘違いをしてしまった人も少なくない。確かに生命倫理の問題は、ES細胞における最大の問題点であった。しかし、培養細胞を用いた再生医療の問題はそれだけではない。細胞のがん化の可能性や、iPS細胞へと分化する割合の低さなど、多くの技術的問題が残されている。実用化されるまでにはまだまだ時間が必要なのである。

<3. 技術者と社会の理解度>
 このように、iPS細胞ひとつを見ても、実際の研究の現状と、社会の受け取り方には大きな差が見られる。特定の問題が解決されたからといって、イコール実用化ではない、ということをきちんと理解することが必要である。現代医療において、上記に述べたような問題は、今後医療を発展させる環境の構築においても大きな影響を及ぼすだろう。今や、技術は使用する一部の人間のみの理解であってはならないのである。我々の未来を担う技術であるからこそ、社会がその真意と内容を正しく理解することは欠かせない。技術は技術者だけが理解するのではなく、社会全体へ広くその意味と真意を伝えていくべきである。また社会はそれを理解し、技術者に対して望ましい環境を整えることで国の発展へとつなげることが可能となる。早く、正確に、技術者から社会への伝達を行うためには、技術者、社会、マスメディア、それぞれからの協力が必要不可欠である。社会の疑問や考えを的確に技術者に伝え、技術者はそれに答えて現状を理解してもらえるように努める。マスメディアは両者の重要な橋渡し役である。この三つの現在の連携はとても弱く感じられる。社会は現在の科学技術に対する理解度を調査し、それを基に対策をねらなければならないだろう。せっかくすばらしい技術をもっていたとしても、それを発揮できる環境を社会が作ってあげられなければ、国としての発展は望めない。
 社会の先端医療に対する正確な理解は、今後、技術者、マスメディア、そして我々にとって、最も重要とされてくるだろう。技術者は各々の研究をさらに発達させるための環境を、社会は技術によって発展する未来を望んでいる。そのために我々は今、新たな一歩を踏み出さなければならない。それは、技術者と社会の歩み寄りであり、その懸け橋となるのがマスメディアである。これらの体制と連携をはっきりさせ、社会全体へ技術の理解を促すことが不可欠だ。技術の真意と現状を国民が理解し、社会が研究環境を万全に整えてその技術が発展する時、この日本という国は本当の意味で技術国となることができる、と私は考える。

【参考文献】
1) Newton2008年6月号 株式会社ニュートンプレス