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2008年(第10回)

【入賞】
『技術』という美しき花を『ストレス』という病から守るために
岐阜大学 工学部 人間情報システム工学科 4年
高木 優斗

<1.注目を浴びた美しき4本の花>
 平成20年12月10日に日本人3氏がノーベル物理学賞,日本人1氏がノーベル化学賞を授賞した。4人の日本人が種を蒔き、そして大切に育て、咲かせた花が注目を浴びる事となった。このように、注目を集める個性豊かな花々は数多く存在する。しかし、近年、日本ではある要因によって、花が咲くどころか、種すら蒔かれない事態に陥っている。私が考えるこの要因とは、企業における「メンタルヘルスの問題」である。

<2.花が咲かないのはなぜか?>
 「技術」と呼ばれるその花は、種が蒔かれ、それから芽を出し、成長し、咲く。つまり、種を蒔く人がいなければ、花は咲かない。だが,その「種を蒔く人」が日本では減少傾向にある。その要因として、「理科離れ」に注目が行きがちであるが、単に科学に興味がないという理由だけではないと私は考える。
 現在、科学に興味を持ってもらう為の様々な対策が試みられており、成果を収めているのは周知の事実だ。しかし、「種を蒔く人」であるエンジニアが働く現場は、一般的に過酷な労働を強いられるというイメージが強く、職場への不安感から、この試みの効果が半減されていると考えられる(図1)。また、既に働いているエンジニアも、ストレスによって倒れてしまう事が大きな社会問題となっている。従って、花を咲かせる為には、エンジニアの「心の健康」を維持する為の対策が必要不可欠である。

<3.花を咲かせる為には?>
 では、どのような対策をすれば花を咲かせる事ができるのか?という疑問が当然でてくるであろう。そこで、まず、メンタルヘルスの問題について述べた後、その対策を挙げる。

1. 「種を蒔く人」が抱える問題と、自分自身がすべき事
 「種を蒔く人」が抱える問題とは、『自分はストレスに強い』と思い込み、知らぬ間にストレスが蓄積し、遂には病に蝕まれてしまう事である。従って、この思い込みをなくす必要があるという事になる。その為には、ストレスによって引き起こされる精神疾患とその治療方法について知らなければならない。
 現在、日本における精神疾患で外来通院している人が約162万人、入院している人が約31万人であり、総患者数は約193万人である )。これは,日本国民の約66人に1人が精神疾患の為に治療を受けているという事を示している。特に、エンジニアがかかり易い精神疾患である「気分障害(躁うつ病、うつ病)」は、平成14年では約5万5000人で、平成17年では約6万7000人と増加傾向にある )。また、生涯有病率は躁うつ病で0.2〜1.6%、うつ病で6〜15%であり、低めではあるが珍しい病気でもない ) )。また、気分障害においては、医学の進歩に伴い精神療法及び薬物療法によって治療が可能になってきている。他の精神疾患においても、治療方法が確立されるのは時間の問題である。よって、仮に発症してしまったとしても、長期的な休養によって治す事ができるのである。
 以上の事から、精神的な病というのは誰にでもかかる可能性があり、かつ治療法も存在するという事が分かったであろう。従って、「種を蒔く人」はストレスと、それによって引き起こされる病に関する認識を改め、『自分はストレスに強い』という間違った考えを正す事が重要である。
 だが、個人でできる事には限界がある。そこで、企業は「種を蒔く人」らの「心の健康」を維持できる体制を整えなければならない。

2. 「種を蒔く人」を守り,花が育ち易い「土壌」を作る
 メンタルヘルスの問題は。もはや個人の問題ではなく組織の問題である。前節で述べた問題を解決するのにも、企業の努力なくして不可能である。
 企業が最も懸念しているのは、気分障害を始めとした精神疾患による労災訴訟を起こされる事であろう。ある民事裁判においても、原告側が勝訴している。また、平成19年中における「うつ病」が原因の自殺者数は6060人である )。更に、平成19年度の「精神障害等」による労災請求が952件と増加の一途を辿っている )。これらの点から考えても、労災訴訟数は更に増加する事が予想される。そして、恐ろしいのは何も訴訟問題だけではない。生産性の低下や休職に伴う労働損失などが生じる可能性もある。
 上記のようなリスクを最小限に抑える為に、平成19年10月現在では、日本企業の33.6%がメンタルヘルスケアを行っている )。平成14年の調査では23.5%であった点から考えても、心の健康対策の重要性が高まってきているのが伺える。特に、1000人以上の企業では約96%以上となっており、従業員数の多い大企業ほど危機意識が高い事が分かる。しかし、1000人未満の従業員を抱える企業では、メンタルヘルスケアに取り組んでいない所が多い。取り組まない理由として、「専門スタッフがいない」のと、「取り組み方が分からない」というのが共に約40%である。
 私は前者においては「専門スタッフがいない」のではなく、正確には「専門スタッフの技術水準が不明確で、雇用の為の基準が分からない」であると考える。なぜなら、「経費がかかる」との回答が約12%と低く、雇う事が可能である事を示している事、また、メンタルヘルスケアを専門とする国家資格は存在せず、逆に民間資格が多数存在する事で、メンタルヘルスケアの知識・技能レベルの安定化が図れていないからである。メンタルヘルスケアの専門スタッフとして有名な臨床心理士の国家資格化が日本医師会などの強い反対により、何度も頓挫している )。個人のメンタルヘルスケアの知識・技能が一定の段階に達している事を国が認める事は、企業が専門スタッフを雇う為の重要な判断材料となるはずである。従って、国は「メンタルヘルスケア専門の有資格者がストレスの緩和による病の『予防』、精神科医が『治療』の役割を担う」という事を念頭に置き、メンタルヘルスケア専門資格の法整備を早急に行う必要がある(図2)。
 次に「取り組み方が分からない」という事についての対策を述べる。まず、メンタルヘルスポリシを定めなければならない。なぜなら、ポリシを定める事で、基本方針・対策・実施手順が明確になるからである。ポリシを定めなければ何もできない事から、これがスタートラインとなるわけだ。基本方針と実施手順については企業によって異なるので、対策について述べる。対策としては、やはり従業員支援プログラム(EAP)を導入するのが適当であろう。EAPの導入には2通りが考えられる。それは、EAPを外部委託する方法と、企業内で構成する方法である。前者においては、メンタルヘルスケアに取り組み易いというメリットがあるが、企業の規模・形態に応じて最適な対策を打つ事は難しい。また、日本では徐々に増えてはいるものの、EAPを提供する企業が少ないのが実情である。後者においては、前者とは逆に組織形態に対して柔軟なプログラムを構築できる反面、企業の負担が大きい。更に、上記で述べた専門スタッフの問題もある。どちらもメリット・デメリットがあるわけなので、それを的確に見極める必要があるだろう。
 この節の冒頭に"企業の努力なくして不可能"と書いた。しかし、企業だけでなく国もメンタルヘルス問題の重要性を理解し、適切な対応をする必要があるようである。言い換えれば、企業と国は花が育ち易い環境作りを進めていかなければならないという事だ。

<4.個性豊かな美しき花が咲き誇る日本へ>
 ここまで、メンタルヘルスの問題と対策について述べてきた。今後、一層重要になってくる問題ではあるが、これを解決する事で日本に『技術』という名の美しき花が咲き誇る事は間違いないはずだ。私は、その様になる事を願わずにはいられない。これから社会を担い、科学技術を発展させてゆく者の一人として。

【参考文献】
[1] 病院報告 平成20年5月分概数(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/byouin/m08/05.html
[2] 平成17年 患者調査報告 傷病分類編(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/05syoubyo/index.html
[3] 双極性障害(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/
[4] うつ病(Wikipedia)
[5] 平成19 年中における自殺の概要資料(警察庁)
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm
[6] 脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況(平成19 年度)について(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/05/h0523-2.html
[7] 平成19 年 労働者健康状況調査(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/saigai/anzen/kenkou07/index.html
[8] 臨床心理士(Wikipedia)

図1: 新しい「理科離れ」の考え方

図2: メンタルヘルスケア専門の国家資格を定める為の基本構図