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2008年(第10回)

【入賞】
コラボレーションから生じる科学技術の無限の可能性
芝浦工業大学 システム工学部 環境システム学科 4年
橘田 明

<1.背景と問題意識>
 最近、私は「システムの科学」(著者:ハーバート・A・サイモン氏)という書物を読み、従来のデザインに対する考え方とは違ったデザインに対する考え方を継承することが出来た。以下にその書物を通じて私が最も知的刺激を受けた3つの論点を素描することとする。
(1)我々が問題解決のための目的と呼んでいるものは、我々が後継者に引き渡す初期条件選択のための判断基準である。
(2)実現された計画が新たな経験の源泉となるようにデザイン過程が1歩1歩進むごとに新たなる展望が開けていくのである。
(3)我々がもしどうしてもしないといけないことが1つあるとするならば、それは今ある世の中に存在している問題を全て解決することではなく、未来に対する選択の余地を残しておくことである。
 私はこの書物に出会うまでは科学技術のデザインを行うということは特定の目的のために解決を行っていくことで、必ず最終的な着地地点というものが存在するものだと認識していた。
 しかしこの書物を通じてデザインという過程には「終わりがない」という今までとは違った発想を継承することが出来た。そしてこの考えをもとに私は日本の将来における科学技術について新たな可能性を見出す事の出来る私案を考えることが出来た。
 今後、日本が技術大国としてさらなる飛躍と発展を遂げて行くために、以下の文章で「従来のコラボレーションの危険性」と「新しいコラボレーション」という2つの側面から意見を展開していくこととする。そしてこの論文の最後に科学技術の無限の可能性を創り出すことに資するための1つの私案を提示することとする。

<2.従来のコラボレーションから生じる科学技術に潜んでいる危険性>
 初めに従来の世間一般で認知されているコラボレーションについて言及していくことでそこに潜む危険性について私の所見を述べることとする。
ここで従来のコラボレーションについて私の認識論的な見解を示す。従来のコラボレーションとはある1つの枠組みの中で様々な専門領域の人間が集まりどのように問題を解決し目的を達成していくということである。つまりコラボレーションから生じる科学技術とは1つの目的に向かって、ある知的領域から他の知的領域へと様々なアイデアを輸入し、輸出するという相互作用の中で飛躍的なアイデアを生み出し、何かしらの成果物を創り出すということである。
 この概念と類似した実体験の話をすると私は大学2年次と3年次の演習科目でシステム工学演習という授業を受けたことがある。ここでの授業は自分とは違う専門領域の学生が多数集まり、数名の教員のもと一定の決められた期間内で問題解決を行うという枠組みの中でグループ全体が1つの目的に向かって成果物を創り出すという授業だった。
 確かにこの方法は広く社会にも浸透し、現状の日本の発展に多大な貢献をしてきた事実と共に確固たる重要性を持った方法だということが出来る。
 しかしこの方法ではコラボレーションという概念を狭義の意味で捉えており、そこに潜む危険性について我々は今後、今まで以上に考えて行く必要性があるのではないのだろうか。世間一般で広く認知されている従来のコラボレーションの概念であればコラボレーションを限定された枠組みの中に存在する行為の集合と捉えており、全体論のシステムに特化した考え方だと私は考える。そしてこのコラボレーションから生じる危険性とはある限定された枠組みの中で「何かを解決する」という目的に収束していくことで我々が本来持っている独創性を委縮させてしまい、その結果無限に広がる科学技術の可能性を収縮させてしまう危険性を孕んでいるのではないのだろうか。
 従って今後、日本が技術大国としてさらなる飛躍と発展を遂げて行くためにも従来のコラボレーションとは別に新たなコラボレーションの方法を確立していくことで科学技術の無限の可能性が広がっていくと私は考える。

<3.オートポイエーシス・システム>
 先述した従来のコラボレーションとは1926年に「全体論と進化論」の中で初めて提起された全体論に基づくシステム論の考え方に従事しているということが出来る。しかしシステム論の話はそこから現在に至るまで数多くの議論が行われ、進化を遂げてきたといえるだろう。
 そして現在では1973年にマトゥラーナとヴァレラの論文で初めて提起された概念であるオートポイエーシス・システムの概念が現在のシステム論の焦点の定かにある。従って私はこのシステムの概念を援用することによって、従来のコラボレーションとは違った新しいコラボレーションの方法を提示することとする。
 ではまずこのシステムの概念について素描する。オートポイエーシス・システムとは産出プロセスが連鎖して閉域というネットワークを形成していくという作動である。従ってシステム自身は何の目的も持たずに作動を不断に行い続けるシステムだということが出来る。つまりシステム自身が作動を不断に行っていく過程の中で結果的に何か存在として捉えることが出来るものを産出し続けていくという作動である。

<4.従来のコラボレーションから新しいコラボレーションへ>
 ではこのシステムの概念をコラボレーションに当てはめて考えてみる。そうするとコラボレーションとはコミュニケーションから生じる繋がりと私は捉えることとする。ただしここでいうコミュニケーションとは世間一般で広く認知されている、特定の名前である人間同士の人と人との会話を意味するものではない。つまり私がここで考えるコミュニケーションとは多様さの中で不特定多数の人間同士が自分のアイデアを連鎖し拡張していく作動として捉えることとする。
 従って従来とは違ったこのコラボレーションから創造活動が行われていくことによってコラボレーションが一様な目的に対して収束していくのではなく、多様に発散していくのである。そしてこのコラボレーションには最終着地点が存在しない。ある1つのアイデアが発現するとすぐさま新たなアイデアに書き換えられるという作動が不断に行われ続けるのである。つまり新たなアイデアに書き換えられたとしてもそれは初期条件選択のための判断基準が産出されただけであってすぐさままた別の新たなアイデアが産出され連鎖することでアイデアが拡張し続けていく作動なのである。

<5.コラボレーション論文コンクールの確立>
 最後に以上を踏まえて私が提示したコラボレーションという観点から科学技術論文コンクールに対して私の意見を推奨することとする。
 それは科学技術論文コンクールとは別にコラボレーション論文コンクールの確立を行うということである。それでは果たしてコラボレーション論文コンクールとは一体どういう場であるのだろうか。それはコラボレーション論文コンクールとは科学技術論文コンクールの過去の入賞論文に対して不特定多数である我々がその論文に対して自由にさらなる発展つまりアイデアの書き換えを行っていくための動機付けの場ということである。
 ハーバート・サイモンは我々人間というものは新しい経験に身をさらすと、ほとんど確実に選択基準は変化し、そして大部分の人間は意識的にそのような経験を求めていると述べている。つまり人間の考え方は日々変化を遂げているといえるのである。
 従って過去に創り出された作品を過去のままの作品に留めてただ情報として発信するだけではなく、その作品に対して我々がコラボレーションを行っていくのである。つまり過去に創り出された作品を初期条件選択のための判断基準とし、我々はそのアイデアに対してさらなる発展を創り出し拡張していくのである。これらの継続的な産出活動をこのコンクールの場を通じて行うことによって我々は新たなる展望が開けて行き、科学技術に対して無限の可能性を見出すための1つの指針となることが出来ると私は期待している。

【参考文献】
[1] 新版 システムの科学
ハーバート・A・サイモン 1999年6月30日 パーソナルメディア社 P.195−P.201
[2] ルーマンの社会理論
馬場靖雄 2001年6月5日 勁草書房 P.47−P.63
[3] オートポイエーシス 第三世代システム
河本英夫 1995年7月17日 青土社 P.153−P.161