過去の入賞論文
・2016年(第17回)
・2015年(第16回)
・2014年(第15回)
・2013年(第14回)
・2012年(第13回)
・2010年(第12回)
・2009年(第11回)
・2008年(第10回)
・2006年(第8回)
・2005年(第7回)
・2004年(第6回)
・2003年(第5回)
・2002年(第4回)
・2001年(第3回)
・2000年(第2回)
・1999年(第1回)





































































































2007年(第9回)

【最優秀賞 文部科学大臣賞】
「魅せる科学による科学の自立」
東京工業高等専門学校 情報工学科 4年
谷合 竜典
谷合 竜典

<はじめに>
『October Sky遠い空の向こうに』という名前の映画がある。宇宙に憧れを抱いた少年の実話を基にした話だ。
 私はこの映画を見て、深い感銘を覚えるとともに、今日の日本の科学技術にまつわる問題である“理科離れ”を解決するためのヒントを得たように思う。人々の科学への興味を高めるには、科学の楽しさや魅力を人々にもっと積極的に伝えていくことが必要ではないか。ここで理科離れを解消するための方法を提言する。

<ホーマー・ヒッカムという少年>
 まずはその映画について、実話である部分を取り上げて説明したい。
 舞台は冷戦時代のアメリカ、コールウッドという炭鉱の町に住む当時高校生だったホーマー・ヒッカム少年が、ソ連による世界初の人工衛星“スプートニク”の姿を10月の夜空に見て深く感動したことからこの話は始まる。「自分でも何かやってみたい。」そんな思いを抱いたホーマー少年は、4人の仲間と一緒に小型の燃料噴射型ロケットを作ることを決意する。最初は失敗続きだったものの、試行錯誤の中でロケットは徐々に形を成していく。さらに、ホーマー少年は数学が苦手だったにも関わらず、理科の先生からもらった“誘導ミサイル設計の原理”(Principles of Guided Missile Design)という本を読み解くために、独学で微分方程式を勉強する。経験と理論、その両方から完成度を高められたロケットは、やがて5マイル(8キロメートル)以上の高度に達するようになり、目標だった全米科学コンクール(The National Science Fair)で優勝するまでに至る。そしてその後、ホーマー少年は実際にNASAのエンジニアとなったのである。

<難しい科学から憧れの科学へ>
 理科離れの原因を考えるとき、その一つとして、多くの人は科学に対してただ難しいというイメージしか持っていないのではないだろうか。それでは科学への興味が沸くことはない。
 先の映画の中でホーマー少年が作ろうと考えたロケットも、しかし技術的にみて決して容易なものではなかった。にもかかわらず彼が最後までやり遂げられたこと、また、苦手だった数学を自ら学んでいったこと、そこに彼の科学への興味の強い高まりがあったことは言うまでもない。それをもたらしたのは、夜空をよぎる一つの人工衛星だった。人工衛星――今となってはごく当たり前の存在かもしれないが、当時としてはそれが世界の最先端技術だったのだ。つまり“最先端の技術が生き生きと動く姿”を自分の目で実際に見て感じることが、彼を感動させ、そして彼の科学への興味を高めたのである。
 今日の日本は世界的な科学技術大国であり、その科学技術が世界最先端の水準にあることも珍しくない。しかし、それら最先端の技術をこの目で間近に見て実感できる機会は果たしてどれだけあるのだろうか。確かに、模型や映像を展示し、横に説明書きのパネルを添えるといった方法で科学技術を一般に紹介するための施設は多く存在する。しかし、それらの模型や映像、文章といったものを見るだけで最先端技術の凄さがどれだけ伝わるのか、それには疑問が残る。そういった施設の存在を否定するわけではないが、小難しい理論や技術の説明をするより先に、「科学ってすげぇなぁ。」と誰もが思えるような方法で科学の魅力を伝える必要があるだろう。人々にとっての科学が、“難しい科学”である以前に人々の“憧れの科学”であることが大切なのである。

<エンターテイメントとしての科学技術を>
 人々の憧れの科学となるには、国の支援にただ頼るのではなく、科学自身が自ら積極的に動き、人々に対して科学の魅力を伝えていく必要がある。そのためにはただ映像や模型を展示するのではなく、最先端の科学技術を応用した見せ物で、時には驚くほど豪快に、時には息を呑むほど神秘的に、そして時にはお腹を抱えて笑うほど面白おかしく、人々を魅了していくべきだと考える。つまりエンターテイメント性を前面に押し出した新たな科学技術の確立である。その中心を担うのはやはり企業や大学の技術者や研究者たちだろう。
 これを聞いて読者の中には、なぜエンターテイメントなのかといった疑問や、娯楽のために研究や努力を費やすのはもったいないといった考えを持たれた方もいるかもしれない。
それらについて私の考えを以下に述べる。
 エンターテイメントであることの必要性、それは何より人々――とくにこれからの将来を担う子どもたちの興味を引くためである。よく似た例として、ゲームクリエイターという職業を挙げる、ゲームクリエイターは、2004年に行われた将来なりたい職業の調査
において男子小学生で7位、男子中学生で8位に位置しており、最近人気の職業である。
人気の理由はもちろん、普段から遊んでいるゲームが楽しくて自分でもつくってみたいと思うからである。一方で、問題として、ゲーム産業は遊ぶ側とつくる側で大きな違いがあることも確かである。しかし、現にいまゲームクリエイターとして活躍している人たちの多くが、そうやって子どもの頃からゲームに触れ、ゲームを作る仕事に憧れていたに違いない。多少のギャップがあっても、興味を持たせることがゲーム産業人口を増やしていることは確かなのである。これと同じように、科学がエンターテイメントという本来とは少し違った姿を見せても、そのことで結果的に日本の科学人口を増やすことになると考えている。
 エンターテイメント性が必要な理由をより理解していただくため、私が勉強している情報工学の観点から私の想い描く科学技術の姿を例としてここに一つ提示する。現在、東京大学のとある研究室の成果として、自分でコンピュータ上に描いたイラストの一部をつまんだり引っ張ったりするだけで簡単にイラストを変形させ、自然なアニメーションを実現できる技術がある。たとえばヘビの絵を描いた場合、上下のあごをつまんで開いたり閉じたりさせることで口をパクパク動かせたりするのである。この技術を用いれば、映像をプロジェクタでスクリーンに投影し、人間の手にセンサーを仕込むことで、スクリーンに向かって直接絵を描いたり、それを動かしたりすることが可能である。これを私は芝居やコントに取り入れられないかと考えている。たとえば、子どもが描いた絵が勝手に動き出しておやつをこっそり食べてしまったり、街の若者が壁に描いた落書きが若者に説教をはじめたりするのだ。描いた絵が生きたように動き出すといった、子どもなら誰しも夢見ることが目の前で起きたときの子どもたちの輝く瞳が今にも目に浮かぶ。
 また、娯楽であることの抵抗についてであるが、この行いには先に述べたような単なる娯楽以上の目的があることを思い出してほしい。つまり、人々の科学への関心を高め、将来的には日本の科学人口を増やし、科学の発展を促すことである。また、そういった娯楽のための技術が実用面で何も役に立たないとは限らない。したがって、この行いが決して無駄になることはないと私は考える。

<おわりに>
 近年、米村でんじろう先生が“楽しい科学”を前面に押し出すことで、人々の注目と人気を集めた。見方を変えれば、それは今までの科学の難しさや不明瞭さに対して人々が抱いていた欲求不満の表れだったのではないか。そんな人たちを、科学が自ら動いて魅了する。そして、かつてのホーマー少年のような子どもたちを生み出す。それは科学が、科学自身の発展を担う人材をつくりだすことである。こうして理科離れといった問題に自分たちでも解決を試みる。そんな科学の自立とも言うべき時代がこの先訪れてもいいのではないだろうか。


【参考文献】
1) 書籍名:October Sky
著者:Homer Hickam 発行日:1999年2月16日 出版:Dell社
2) Homer Hickam official Web site
http://www.homerhickam.com
3) WikipediaのHomer Hickamの項
http://en.wikipedia.org/wiki/Homer_Hickam
4) 第1回子ども生活実態基本調査報告書(Benesse教育研究開発センター実施)
http://benesse.jp/berd/center/open/report/kodomoseikatu_data/2005/hon3_2_03.html
5) 東京大学大学院情報理工学系研究科 五十嵐健夫助教授のページ
http://www-ui.is.s.u-tokyo.ac.jp/~takeo/index-j.html