過去の入賞論文
・2016年(第17回)
・2015年(第16回)
・2014年(第15回)
・2013年(第14回)
・2012年(第13回)
・2010年(第12回)
・2009年(第11回)
・2008年(第10回)
・2006年(第8回)
・2005年(第7回)
・2004年(第6回)
・2003年(第5回)
・2002年(第4回)
・2001年(第3回)
・2000年(第2回)
・1999年(第1回)



























































































2005年(第7回)

【努力賞】
「大学における技術者教育の転換のススメ」
近畿大学 理工学部 機械工学科 4回生
白木 得太朗

 近年、科学技術は驚異的な発展をとげ、私達の生活を大きく変えている。一方では、より多く、より速く、より安く、より便利に、を急速に実現してきた。しかし他方では、核やロケット、バイオテクノロジー、情報通信などの先端技術のシステムは独り歩きの危険性を持ち、人間のコントロールさえもきかなくなってきている。また、技術革新の恩恵を享受できる国々とできない国々との地域格差が拡大し、さらに地球環境問題にも大きな影響を与えようとしている。

 このように科学技術の普及によって諸問題がもたらされ、さらに科学技術の分野は複雑化・専門分化し、大学で工学を学ぶ学生ですらますます乖離してきている中で、私達は従来の価値観や倫理観を見つめ直さなければならないのではないだろうか。将来、人類社会の科学技術への依存度はますます増大することは明らかであり、従って優秀な技術者教育の重要度も増す。そこで、工学を学ぶ現役大学生の立場から、日本の大学における技術者教育のあり方について考える。

【興味を刺激する技術者教育のススメ】
 学生の理科・工学離れが懸念されている。それはなにも小中高生だけではなく、工学を学んでいる大学生にも無縁ではない。その原因には多くの事が挙げられるだろう。ハイテク製品などの日常化や凄まじい速さでの発展のために、科学技術が好奇心や驚きの対象では無くなりつつあるのではないか。また現在の技術や製品は複雑化し、多くの組織が生産活動に関わり大組織化していて、それに携わる技術者のイメージが描けなくなっているのではないか等の理由が考えられる。
 そこで大学において重要になってくるのが『興味を刺激するための教育』であると考える。私は大学で機械工学を学んできたが、ふと感じる事があった。それは専門科目等を勉強しながら「これらの学問は実際に企業等でどの様に活かされているのだろうか。」という事や、機械部品・製品の名前が教科書等に出てくるが実際に見た事が無いために具体的なイメージが持てず「これはどんな製品なのだろうか。」という事である。つまり、机上の勉強では学んでいる事の重要性を理解できていなかったという事である。そう感じている人が工学を専攻している学生の中には少なからずいるはずだ。
 学んでいる事の重要性が理解できていなければ当然工学に興味も持てない。逆を言えば、学んでいる事の重要性を理解する事こそが工学に興味を持つうえで非常に大切なのだ。では、重要性を理解するにはどうすれば良いのか。それには実際に見聞きできる実習を行う事が有効だろう。実習の一つとして、インターンシップ制度を積極的に大学カリキュラムに導入する事を推薦したい。現在でもインターンシップは行われているがまだまだ認知度が低いため参加する学生数も少なく、産官学連携によって学生受け入れの拡大や奨励等、さらなる発展は必須である。
 私自身、大学3回生の夏休みに某大手総合電機メーカーのインターンシップに参加させていただいた経験がある。原子力発電プラントの建設工程計画等の実習を通して、今まで学んできた機械工学がどう活きてくるのか、さらにこれから何を学ぶべきかのヒントを得る事ができた。また、実際の職場を拝見したり、社会人の方々とお話をさせていただく事は就業意識を高めることに繋がり、そして他大学の志の高い学生と情報交換することで刺激を受け、日頃接する機会の無い方々と出会えるインターンシップは有益な副産物ももたらしてくれた。
 その後の講義や語学の勉強の取り組み等に大いに影響を与え、意識の変革を身をもって経験した。

【技術者倫理教育のススメ】
 人類社会に貢献するはずの科学技術の危険性が問われ始めている。実際、JCO臨界事故、三菱自動車リコール隠し、情報漏洩等技術者に関連するニュースを目にする。これらは技術だけでなく、技術者として守るべき規範を蔑ろにし、利益優先等のために然るべき行動が執られていなかったために発生している。
 それでは今まで倫理観について考えてこられなかったのかと言えばそうではない。それぞれの学会等においても倫理規定は存在している。問題は、科学技術者の持つ影響力と責任についての認識が薄れている事に起因して、倫理規定が形骸化してきている事にあるのではないだろうか。
 そこで大学に求められるのは『技術者倫理の重要性を深く認識するための教育』であると考える。科学技術者の言動・行動は人々の安全や健康に、また現代社会の仕組みや在り方に大きな影響を及ぼす。責任ある科学技術者には多くの事が要求され、それを阻害するものも多いだろう。環境問題、品質問題、安全問題、法律問題等、技術者に関わる数々の問題について学び、技術者として在るべき姿について考える事が重要である。如いては、これらを学ぶ事が技術者としての誇りや地位向上にも繋がるはずである。
 変化の激しい今、技術者として規範となる倫理を理解し、さらに社会の要請に応えるべく倫理性の習得は急務となっている。

【科目数削減のススメ】
 日本の理工系学部では総合卒業単位数は120単位強が一般的である。私の所属する機械工学科では卒業単位数は124単位以上と決められている。多くの理工系学生は就職活動や試験勉強等の理由で、3回生修了までにほぼ卒業単位数を取得する。私の場合3回生修了までに140単位以上を取得したが、教養、語学、基礎、専門科目の講義でスケジュールは朝から夕方までほぼ毎日埋まっていた。しかし、振り返って思う事がある。取得した単位の中には卒業に必要だから取得しただけで、身に付いてない科目もあるのだ、そう感じている学生は少なくない。卒業に必要な単位を取得しただけで、身に付いてないのであれば本末転倒だ。
 以前、アメリカの大学を視察した先生がこんなお話をされていた。日本の大学の授業カリキュラムを見たアメリカの大学教授は「一日に多くの授業をして、いったいいつ復習するのか」と言ったそうだ。アメリカの大学では一日の授業が少ない。その代わり、学生は予習復習の時間はしっかり確保し、そうしなければ授業についていけなくなり卒業もできないそうだ。これが本来大学における技術者教育の在るべき姿だと私は思う。
 まず、入ってしまえば出るのは簡単と言われる日本の大学システムを改めるべきである。そして、日本の大学における技術者教育が現在のように4年間という枠組みを堅持するのであれば、科目数を減らす等して専門性をしっかり身に付けるカリキュラムを組むべきだと考える。単位を得るための教育ではなく、身に付けるための教育への転換である。
 技術立国である日本において、優秀な技術者を育てていかない事は日本の衰退を意味する。近年、韓国や中国などアジア地域の技術力の進歩は目を見張るものがあり、世界における技術教育は激しさを増している。今でこそ日本企業の製品は品質の高さやブランド力で世界の先端を走っているが、10年後もMade by Japanは通用しているだろうか。今まさに、大学における技術者教育の在り方が問われている。