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2004年(第6回)

【努力賞】
「日本の戦後復興を支えたもの」
神戸大学 工学部 応用化学科 四回生
滝沢 力

 「滝沢、なぜ日本が戦後、ここまで復興できたのか教えてほしい。」
これはインドネシアの留学生に聞かれた質問です。

 当時、僕は大学一年生。彼は、僕にとってのはじめての留学生の友達でした。彼は幼い頃から、インドネシア国内で当たり前のように溢れている日本の漫画や日本製品を通して日本に興味を持つようになったそうです。そして、日本やアジアの歴史を勉強するにつれ、戦争によって何もかも失われた廃墟の中から、なぜ日本がここまで戦後、大きく復興できたのか、その答えが知りたくて日本に留学に来たそうです。

 平成に入り、バブルが崩壊し、不況が日本中を襲いました。それまで日本人が培ってきた手先の器用さや、仲間を思いやる心、仕事への愛情などが否定され、変わりに、個人主義や能力主義が尊重される寂しい世の中になりつつあります。そして戦後復興に命をかけた多くの人々が傷つき、自信を失いました。

 「日本がここまで戦後復興できたのはなぜなのか。」それは、優秀な一人の政治家がいたのでもなく、一つの大企業が日本を引っ張ったのでもなく、日本中の各地にある当時はまだ小さな会社で働いた無名の指導者と、その元で人生を捧げて働いた無名の労働者、無名の技術者のおかげだと僕は思います。

 高校時代からNHKの「プロジェクトX」という番組の大ファンで、番組に登場する無名の技術者の獅子奮迅の活躍と仕事とその仲間への愛情を見ると、胸の奥から熱いものがこみ上げてきます。そして、僕も仕事で感動したい、また自分が日本人であることを誇りに感じるのです。先日、その番組のプロデューサーである今井彰さんの講演に行ってきました。会場中を埋め尽くしたのは、中高年のお父さん、お母さん、白髪まじりのお爺さん、おばあさん、戦後復興を支えた人たちでした。今井さんは、その番組をつくった理由をこう語っていました。
「戦後復興を支えた人たちの自信、さらには日本人の自信を取り戻したい。」
 会場内では、多くの人がうなずき、真剣に話を聞いていました。涙をハンカチで拭きながら聞いている人もいました。僕はその光景を見たときに、インドネシアの留学生の言葉を思い出しました。

 最近、小学生の自然や科学への興味や関心が低下しているという「理科離れ」が叫ばれています。これは日本の科学技術の発展を考えると非常に危険なことだと思います。戦後復興を大きく支えたものの一つに、電気、機械、化学、建設などからなる製造業があります。そこで、日本人は持って生まれた、手先の器用さや、仲間を思いやる心、仕事への愛情を活かし、世界に誇れる良い製品をたくさんつくってきました。そしてその製造業を支えているのは、多くの無名の技術者、研究者です。小学生の「理科離れ」という現象は、その子供たちが大きくなって社会へ出たとき、日本人の科学技術への知識や興味、関心の低下となって現れます。そして、日本人の科学技術への知識や興味、関心の低下は、日本の製造業を支えている技術者、研究者の減少につながり、日本の科学技術の衰退を招く危険があります。

 しかし、「理科離れ」という問題は、小学生だけの問題なのでしょうか。僕の塾や家庭教師のアルバイトの経験からすると、少し違った印象を受けます。確かに、僕らの頃に比べ、教科書は薄くなり、物が溢れているため物をつくったりする経験がなく、何より小学生が理科を暗記物の科目だと捕らえているのが非常に残念でなりませんが、「なりたい職業アンケート」(保育・幼稚園〜小学生対象 2002年夏実施 第一生命)で、「学者・博士」が男児の一位になったことを考えると、子供たちは決して、自然や科学への興味、関心が低下したのではなく、理科という授業科目への興味、関心が低下しているのではないかと思います。事実、生徒たちに、「自然や科学で疑問に思っていることを言ってごらん。」と訊ねると、いろんな質問が出されます。「なぜ虹は7色なのか。」「なぜ磁石のN極は必ず北を向くのか。」「なぜ眼鏡をかけると、物がよく見えるようになるのか。」そして、それぞれの疑問に対して、きちんと説明してあげると、生徒たちは目をきらきら輝かせます。子供の好奇心と自然の観察力に本当に驚かされました。
僕が思うに、「理科離れ」が深刻なのは、子供ではなく、むしろ子供たちに自然や科学のおもしろさを伝えることのできない、大人たちの方ではないのでしょうか。

 僕の好きな言葉に「感動」という言葉があります。感動とは、何かの体験によって心が動かされる状態です。人は、感動によって大きく動き、そして、また感動したいと願うようになる生き物だと僕は思っています。子供の頃に味わう「分かった」という感動は、その人の人生にとって大きなプラスになると僕は信じています。
「理科離れ」は、ゆとり教育や大学入学試験の弊害で生じたと言われていますが、それは大人の責任転嫁論だと僕は思います。例え教科書が薄く、授業内容量が減ったとしても、子供の好奇心が低下するとは思えません。子供を自然に触れさせ、科学の不思議を体験させてあげれば、きっと自然や科学に興味を持つはずです。そして子供が興味を持った方向へ優しく誘導してあげることが、子供を育てる大人の責任だと僕は思います。科学技術に興味・関心を持つ子供が大きくなり、将来の日本の科学技術を支える立派な人になるかもしれないと考えると、子供に理科を教えることはきっと楽しいはずであり、それはまた親や先生から子供への愛情です。

 日本人の科学技術への興味・関心を増やす方法として僕が思うに、先に述べた「子育て」に関する大人の意識の変化ともう一つ、多くの理系と呼ばれた人たちが、文系の世界で活躍でき、また多くの文系と呼ばれた人たちが理系の世界で活躍できる、そんな環境を整えることもまた大事なのではないのでしょうか。例えば、大学の理学部にしか認められていない高校の理科の教職免許を工学部や農学部、さらには薬学部、医学部にも認めることで、多様性のある教師が生まれ、そこから多様性のある生徒が増えるのではないでしょうか。また、大学の単位に関しても、他学部の授業を卒業単位として取得できるようにすることで、経済学部の学生が理学部の授業を受ける、また理学部の学生が経済学部の授業を受けるなどして、より広い視野で物事を考える学生が増えるのではないでしょうか。大事なことは、興味を持ったときにいつでも学べるという環境を整備することだと思います。そして、そのような環境は大学だけではなく、高校、中学校、小学校、さらには社会人にも同じことが適用できると思います。
そして、「文系」「理系」のような区別がなくなり、これまで閉鎖されたお互いの社会がつながり、お互いの社会を理解し、尊重し合える人が増えることによって、日本の戦後を支えている科学技術というものに多くの日本人が興味・関心を持つのではないかと思います。そして、それは将来の日本の発展にきっと繋がっていくと僕は思います。


 いま日本の社会というものは、これまでの多くの日本人が人生をかけて働いた努力の賜物であり、また日本人特有の手先の器用さが培った科学技術によって支えられています。戦後復興、そして続く経済成長に人生をかけて一生懸命働いた多くの先人たちに感謝したいと思います。

参考文献
「理系白書」 毎日新聞科学環境部 2003年6月20日発行 講談社 p2