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2004年(第6回)

【努力賞】
「科学教育の視点から見た将来」
東京学芸大学 教育学部 初等教育教員養成課程 理科選修 3年
景山 基弘

 『科学技術』と聞くと、普通の人は何を思うだろうか?「大切なもの」「科学技術の発達がないと、今の日本はありえない」「何か作っている」などの答えが多数を占めるのではないだろうか。要するに漠然と頭では分かっているものの、結局のところは人任せといった面が見えるように思われる。そのような中で、国民は科学技術に関する情報についてどの程度関心をよせているのかその実態を総理府が調べている。結果は、関心があると回答した人は全体の2割程度に過ぎなかった。科学技術は必要不可欠と考える人が大勢いる中で、この数は考えものである。私は教育学部に通う学生という立場上、この実態調査の結果がどうしても『若者の理科離れ』と関係がないとは言い切れないように思える。

 今の大人に純粋に科学を楽しんで関心をもってもらうということは考えにくいが、子供たちへ科学に対して親しみや関心を持ってもらう、つまり理科離れを抑制することは可能なのではないだろうか。それにはやはり科学教育をどのようにすすめていけばよいのかということになってくるだろう。そもそも、なぜ現在の若者は理科離れをしていってしまうのだろうかというところを教育の視点から考えてみよう。

 私は決して若者自ら理科離れをしていっているとは思わない。わが国のカリキュラムが理科離れを助長しているように思う。小学校3年生から理科の授業がスタートしていくわけだが、国語や算数とは違い磁石を使って実験をしたり、グラウンドに出て観察をしたりと体を使って学習することに対して“楽しい”と感じる児童がほとんどである。しかし小学校も高学年になり中学校へと学年が進んでいくにつれて、理科を楽しいと感じる児童は減少を始める。理科に興味を持たなくなっていく。高校にいたっては化学や物理を履修することなく卒業してしまうというのが現状である。その結果、たとえば生物を履修することなく医学部に入学したり、物理を履修することなく工学部に入学することになってしまう。このような現状がある以上、理科教育の内容を考える必要があるのではないだろうか。

 学習内容は文部科学省が定める学習指導要領によって決められている。それによると、まず理科の授業時間数が改定を重ねるごとに減少されていく。1960年に発表された学習指導要領では、小学校で630時間、中学校で420時間の授業時間があったものが、現在では小学校で350時間、中学校で290時間とおよそ4割程度減少している。2002年度から完全週5日制が始まった影響がこのような減少をもたらしたのだろうが、この減少に伴い当然のことながら教える内容も削られている。このような教育の結果、近年学力低下も危惧されてきた。このままの教育を続けていくと科学技術立国を目指す日本は将来どうなってしまうのだろうか。

 文部科学省はこのような事態に対して平成14年度より「科学技術・理科大好きプラン」を開始した。科学技術・理科大好きプランでは、科学技術・理科教育の充実を図るため、SPP(サイエンス・パートナーシップ・プログラム)やSSH(スーパーサイエンスハイスクール)などの施策を総合的・一体的に推進するとされている。このプランの実施により、児童生徒の科学技術・理科に対する関心を高め、学習意欲の向上を図り、創造性、知的好奇心・探究心を育成しようとしている。その中の内容についてみてみると、SPPでは最先端の研究や実験施設を有する大学や研究所、学会などと中学校・高校などの教育現場との連携により生徒たちが科学技術に興味を持てるような機会を充実させることを目的としている。また教員の研修も行っている。SSHでは理科・数学に重点を置いたカリキュラム開発や大学や研究機関等との効果的な連携方策についての研究を実施している。

 理科教育の内容は上記のような状況であることが分かった。では内容がしっかりしたものに改定されていけばそれでよいのか、それで理科離れが抑制できるのかといった疑問が生まれてくる。もちろんそのようなことはありえない。やはり最終的にはその内容を指導する教師によるところが大きいのではないだろうか。小学校教員の採用者数を例にとってみると、2001年度においてはそのおよそ6割が教員養成大学・学部の出身者が採用されている。小学校教員は基本的には全科を担当することになるので、理科を専門としなくても教壇にたって理科を指導することになる。大学においてそれなりの学習をしているものだと思われがちであるが、実際のところは、専門外の教科については私の通う大学では教職に関する理科教育法について2単位、小学校の教科に関する科目(理科)2単位の計4単位のみを取得すれば、残りは理科の専門科目を履修しなくても小学校の教員になることが出来るのである。高校では化学や物理を履修しないで大学に入学し、大学では全くと言っていいほど理科を学習することなく小学校の教員になってしまうので、それはすなわち高校で履修していない科目に関しては中学校程度の学力で教壇に立ち指導していくということになる。理科という教科は、その本質を突き止めていくところにおもしろさがあると思うが、その本質を知らない教師が指導するということになると、やはり教科書の内容を教えてしまういわゆる“講義”のような授業になってしまう。小学生はそれほど集中力が続くものではないので、そのような授業に飽きてしまい段々と理科から離れていってしまうのではないだろうか。

 現在の理科離れはこのような大人の理科離れが招いたと言っても過言ではないと思う。小学生に理科を好きになってもらうためには、こういう考え方もどうかと思うが、まず理科の先生を好きになることが必要ではないかと思う。学習内容を好きになって興味を持ってもらうことが理想ではあるが、先生を好きになりそこから授業に興味を持つという方が多いと思うからだ。すると、その理科の先生が理科を好きであることが絶対条件であることになるのではないだろうか。児童の素朴な疑問を次々と解決してくれる、様々な実験・観察を児童と一緒になって楽しむような教師が必要である。そのためには理科に関する相応のバックグラウンド(知識)が必要であるが、今の教員免許法に定められている時数ではそのような知識を身につけ若者の理科離れを危惧する前に大人の理科離れについて真剣に向き合わなければ、我が国の将来はごく一部の人間だけが科学にたずさわるだけになり、今よりさらに閉鎖的なものになっていくように思える。これからは、科学にたずさわる者と一般の人との交流の場を設け、科学を広く理解してもらうように努める必要がある。


<参考文献>
http://www.mext.go.jp/a_menu/02_a.htm