過去の入賞論文
・2016年(第17回)
・2015年(第16回)
・2014年(第15回)
・2013年(第14回)
・2012年(第13回)
・2010年(第12回)
・2009年(第11回)
・2008年(第10回)
・2006年(第8回)
・2005年(第7回)
・2004年(第6回)
・2003年(第5回)
・2002年(第4回)
・2001年(第3回)
・2000年(第2回)
・1999年(第1回)























































































2004年(第6回)

【優秀賞】
「理系学生の“理科離れ”」
大阪大学 理学部 物理学科 4年
島田 保

 科学技術の発展のために不可欠なものは何か、と問われたならば、当然のことではあるが私は研究者が不可欠であると答える。どれだけ優れた実験環境を有していても、その環境を活かすことが出来る人材が居なければ価値は無い。新しい理論、アイデアを考え出すことが出来る研究者が居なければ、科学技術は次の段階へと進んでいくことはあり得ない。では、技術大国と称される日本では、科学技術の発展に不可欠である、次世代を担うべき研究者は上手く育っているのであろうか?残念ながら、私は必ずしも上手く育っているとは思えない。その根拠として「理科離れ」という言葉を挙げることが出来る。

「理科離れ」に関する議論は今や至る所で盛んに行われている。そして、その原因の有力候補の一つに「ゆとり教育の弊害」というものが挙げられる。そもそも「理科離れ」とは何かというと、理系科目に対する学習意欲の低下を示す言葉である。学問とはハードルの高い、高貴な娯楽であると考える私にとって、その高いハードルを越えることを困難とするゆとり教育が「理科離れ」の原因の一つであるという意見には賛成である。また、改善策として今以上に実験を取り入れた面白い授業を行うという意見も、学習意欲を取り戻すには有効な案であると思われる。しかし、私は他にも大きな原因があると考える。それは理系進学に対する悪評である。

 多くの学生は理系文系の進路選択を行う際に、判断材料とするために先輩に話を聞くなど情報収集を行う。私自身、理系文系の進路選択を行う際に理系に対する色々な噂を耳にしたことがある。その噂とはどのようなものかと簡単に言うと、「理系は忙しく、辛い上に報われない。文系は楽な上に生涯賃金は理系よりも高い」というものである。私はこの噂を高校在学時に耳にしたのだが、今では小中学生でもこの噂を耳にするという。この噂の真偽に関しては色々な意見があると考えられるが、問題なのは理系のデメリットばかりが伝わり、メリットが全く伝わっていないことであると私は考える。では、なぜ理系のメリットが表にでないのだろうか。実はそれは簡単な話で、実際に理系学部に進学した大学生、大学院生の多くは最早、学習・研究意欲を無くしており、理系に進学したことを後悔している人も少なくないからである。

 理系学生が学習意欲に乏しい理由として、学んだことを実際に将来の仕事に活かすことが難しいことが挙げられる。これはとりわけ、比較的遠い将来の科学技術発展を担う基礎研究の分野において顕著である。学んだことを活かすには、研究職以外の選択肢がほとんど見当たらないが、他の職業と比べると研究職の待遇にそれ程メリットがあるわけではない。(好きなことを仕事に出来るというメリットは確かにあるが、それは別に研究職に限ったことではない。)むしろ、研究職に就くためには相当な努力と苦労を要するために、メリットがないことが逆にデメリットになっているのである。そのため、学生は研究者という選択肢を避ける傾向にある。将来の仕事に活かせないのでは、学習意欲が沸かないというのも当然の結果であると考えられる。

 さらに、私は理系学生の学習意欲が沸かないもう一つの理由として、学生の進路選択方法に問題があるのではないかと考える。大学4年における配属先の研究室を選択する際に、行きたい分野の研究室ではなくて、嫌ではない研究室を選ぶ学生は少なくない。つまり、興味のある分野を選ぶのではなく、研究室を選択する時点で比較的理解の深い分野を選ぶ傾向にあるということである。この選び方は非常に問題がある選び方であると考えられる。なぜなら、大学によってカリキュラムは異なるため、各分野間で費やす学習時間に偏りができてしまうことは避けられず、勉強不足である分野は本人の素養に関わらず避けられてしまうからである。「嫌ではない」という基準の元に選択を重ねた結果辿り着いた分野では研究意欲など沸くはずも無く、理系進学を後悔する結果になってもおかしくはない。このようなことを書くと、「大学生にもなれば、カリキュラムに無いことでも必要なことは自分で勉強しなければならない。」と怒られそうであるが、事実、素養はあっても学習意欲に乏しい人が陥りやすいパターンではないだろうか。

 「理科離れ」という言葉は、義務教育世代にだけ当てはまる言葉ではなく、研究者の卵であるべき学部生、院生にも当てはまるのである。そして、「理科離れ」をした現役の理系学生から更に若い世代へ体験談が伝わり、それが理系進学への悪評として広まっているのではないだろうか。皮肉なことに、勤勉な学生よりも「理科離れ」をした学生の方が世間と接する機会は多く、理系のメリットよりもデメリットを伝える機会の方が遥かに多いのである。

 では、理系学生の学習、研究意欲を取り戻すにはどうすればいいのであろうか。一つは当然の案であるが、研究職に就くメリットを作ること、即ち、研究職の待遇を良くすることである。医者・弁護士が、その職業に就くためには相当な努力を要するにも関わらず人気があるのは、やはり社会的地位が高く、高給取りであるというイメージが強いからであると考えられる。研究職も苦労に見合うだけの見返りがあるならば、確実に今以上に研究職を志す学生は増えるはずである。勿論、その見返りをどこから捻出するかという問題が残るが。
次の案としては、理系の学生が博士課程へ進学し易くすることである。現状では、多くの理系学生は修士課程修了後に就職する傾向にある。「理科離れ」以外の博士課程へ進学しない理由の一つとしては、25歳前後にもなると同世代の多くの人が定収入を得ているにも関わらず、博士課程へ進学すると努力、苦労をしていても定収入を得ることができないということがある(勿論、例外はあるが)。そのことに対して劣等感、或いは後ろめたさの様なものを感じてしまうのである。海外の大学では学部生から授業料を多く取り、大学院生に還元するという方式の大学があるという話を聞いたことがある。日本でもその方式を採用すれば、例え博士を取得すると企業に嫌がられて採用されにくくなると言われても、博士課程へ進学する人は増えるのではないだろうか。選択肢として、博士課程への進学が企業への就職と同列に扱えるのであれば、学部に在学している段階から博士課程への進学を見限り学習、研究意欲が沸かなくなるということは防ぐことができるのではないか。

 今後必要とされる科学技術は、便利なだけではなく、環境にも優しくなければならないという高難度なものである。分野ごとに区切られた既存の研究だけではなく、複数分野にまたがる学際的な素養を持ち合わせた研究者が今後必要となってくると考えられ、これまで以上に研究者に負担がかかることが予想される。それにも関わらず、日本は文系社会であり、未だ研究者の育成に力を注いでいるとは言えない。「理科離れ」を叫び、若い世代に注目するだけではなく、既に理系を選択している若い研究者、学生の現状を考える必要があるのではないだろうか。進路選択に迷う高校生に、理系に進学することを心から勧めることが出来る理系学生がどれだけいるのであろうか。本当に改善すべきものは、学習指導要領ではないはずである。