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2003年(第5回)

【優秀賞】
「空想力こそ科学のちから!―空想世界にみる科学―」
工学院大学 工学部機械システム工学科 3年
犬束 亮

【空想力こそ科学】
 今回のコンクールに応募するにあたり、テーマにある「科学」とは何か?を自分の中で問い続けた。通学中、食事中など「ぼーっとしてるよ」と言われるほど考えてみたが、結局うまい答えなど出てこなかった。自分の中で答えがでないので、まず広辞苑で調べてみた。広辞苑によれば、科学とは「世界の一部分を対象領域とする経験的に論証できる系統的な合理的認識。研究対象または方法によって種々に分類される」とある。これを読んで余計に混乱してしまったのだが、ようするに科学とは発明した「物」ではなくそのものを知る方法或いはその結果得られる知識そのものなのだ、ということを知るきっかけになった。
 「物」ではなく「頭の中にあるもの」こそ科学。では、「頭の中にあるもの」とはなにか?それは、「夢」や「希望」だ。その「夢」や「希望」を知り、知識とすることこそ「科学」なのだ!この考えにたどり着いたとき「そういうことか!」と一つの確信を感じた。しかし同時に疑問も感じた。なぜかというと、「夢」や「希望」が広辞苑にあった「世界の一部」に入るのか?、と考えたからである。
 だがこの問題はすぐに解決した。なぜなら、すでに人々の「夢」や「希望」は現実化しているからである!。「空を飛びたい」という「夢」は叶えられている!「月に行ってみたい」という「希望」は叶えられている!。そう、この科学の解釈は決して間違ってはいないのだ、と改めて確信できた。そしてその「夢」と「希望」を生んでいる力こそ人間の創造力や空想力などである。創造力とは、新たに物をつくる力。空想力とは、現実に無いことを考える力。このうち私は空想力こそ科学の力ではないかと考えている。なぜなら、創造力がなければものをつくり出せないが、そのものの根本となるアイディアを生むのは空想力であり、また「現実に無いこと」こそ「夢」ではないか、と考えたからである。
 また、その空想力のみで作り出された世界がある。それは映画、小説、アニメ、漫画やゲームなどの中にある、いわゆる空想世界だ。例えば、SF(サイエンス・フィクション)映画といえばまさに科学を元にしている空想世界だ。その空想力には誰もが驚かされ、妙に心を惹かれる。とりわけ日本の漫画、ゲーム、またアニメーションなどの評価は世界的にも非常に高く、その売上も凄まじいものがある。日本のアニメはときにジャパニメーションとも呼ばれ、最近では宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」がアカデミー賞を受賞したことなどが記憶に新しい。また、ゲームに関しては、ソニーのプレイステーション、任天堂のゲームボーイなどが世界のゲーム機の大半を占めており、またそのゲームソフトも日本の企業が開発したものが非常に強い競争力をもっている。漫画に関しても、その市場は世界的に広がっており、いまや日本の漫画は世界の人々に読まれている。つまり、空想力という点において日本は世界に負けておらず、むしろ勝っていると言える。この力をうまく応用できれば、明るい日本の将来が見えてはこないだろうか?。
 そこで今回のテーマにこの考えを当てはめて、この論文を書いてみようと思い立った。つまり空想力こそ科学のちからという考えである。またこの考えは、私が日本人であり、そして特にSFものの映画や小説などが好きだからこそ、行き着いた考えともいえるだろう。

【空想の現実化】
 さて、では空想力が本当に現実化された例を挙げてみる。例えば、今非常に開発が進み、大流行している「ロボット」だが、みなさんはその「ロボット」の語源を知っているだろうか?。実は「ロボット」とはもともと、チェコの作家カレル・チャペックが1920年に発表した戯曲「ロッサム万能ロボット製造会社R・U・R」の中で、人間の代わりに仕事をする人造人間として登場した「ロボット」が由来となっているのである。チェコ語では「ロボット」という言葉はなく、労働や苦悩を意味する「ROBOTTA」というチェコ語を造語して出来た言葉が「ROBOT(ロボット)」であり、現在のロボットのイメージと見事に重なる。まさにこれこそ空想が現実化した空想力による科学といえるだろう。
 人型のロボットを指すもう一つの言葉に「アンドロイド」があるが、実はこれも「未来のイヴ」というSF小説で始めて使われた言葉なのである。また、大半の日本人は「ロボット」と聞くと、工場で働くロボットアームなどではなく、人型のロボットを思い浮かぶと思う。このロボットのイメージを確立させたのは、他ならぬ漫画家手塚治虫氏が1951年に誕生させた「鉄腕アトム」であろう。日本人に優しい心と強い正義感を持った人型ロボットというイメージをつくり上げてくれた。対して「ロッサム万能ロボット製造会社R・U・R」と「未来のイヴ」の中ではロボットにとって暗いイメージがあるので、欧州ではロボットはあまり明るいイメージではない。このイメージの差が、今日の日本における産業ロボットの設置台数が世界全体で6〜7割に及んでいることや、また「AIBO」や「ASIMO」などといったロボットの開発につながっているのである。
 イメージの違いで、これほどの差がつくとはまさに空想力の賜物と考えられないだろうか。まさに、空想力豊かな日本人の科学力の結果といえるだろう。もちろん空想力による科学の現実化の例はロボットだけではなく、皆さん身の回りにあるほとんどものが作り手にとって「夢」や「希望」そのものなのである。

【空想世界の否定】
 今まで空想の現実化を例に挙げてきたが、もちろん空想の世界は所詮空想である。現実化されるのは一部に過ぎず、されたとしてもそれはずっと未来のことだ。大半の人がそう考えていることだろう。では、その空想世界の産物をそっくりそのまま現実に持ってきたらどうなるか?。アトムは本当につくれるのか?。タケコプターは本当に使えるのか?。
 この問題に本気取り組んだ本がある。それは「空想科学読本」と呼ばれるもので、すでにシリーズ化もされており、今回の私の意見とは全く反対なのだが、非常におもしろいので内容の要約を紹介しておく。『アトムがいたら?』〈アトムは原子力で動いているが、戦っている。いうなれば動く原子爆弾!またその構造上、本当は頭もウェスト4mで頭から蒸気を噴出す!〉『タケコプターを使うと?』〈簡単にいうと、つけた頭側がもたず、頭蓋骨が砕け、タケコプターだけ飛んでいく〉これらは当然結果といえる。しかし、空想はいつか実現できる!それを忘れて、「夢」みることをどうか忘れないでいただきたい。未来のためにも。

【さらなる空想の現実化】
 先ほど「空想はいつか実現できる」といったが、いまの科学技術はまさに想像以上でいつかではなくいま実現が可能なほどまで発達しており、それは近年のロボットなどをみていただければ皆さんも実感できると思う。
 例えば、士郎正宗氏の「攻殻機動隊」という約10年前の漫画の中で「光学迷彩」と呼ばれる、「透明人間」になれる技術があるのだが、実は現在その技術が東大で研究されており、実際に透明になっている画像が東大のHPにて見られる。しかもその漫画を実際に参考にしているのである。これは他大学やアメリカでも開発が進められている。たった10年で、完璧とは言えずとも透明人間になれるのである。

【空想を忘れずに】
 以上のように科学の根本は空想であることがわかっていただけたかと思う。空想が科学となる。そして日本人はそれが得意なのである。技術を追い求め空想することを忘れないで欲しい。そこに日本の科学技術の将来があるのではないかと私は考えている。「空想は知識より重要である」A.アインシュタイン


参考文献】
「新村 出編 広辞苑 第三版」
新村 出 1991年 (株)岩波書店 P.406

「人間型ロボットのはなし」
早稲田大学ヒューマノイドプロジェクト 2000年 日刊工業新聞社 P.1〜2

「空想科学読本」
空想科学研究所 主任研究員 柳田理科雄 1997年 宝島社、P.63〜68、P.149〜152