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2002年(第4回)

【努力賞 日刊工業新聞社賞】
正しい発展を支えるモラルを作る
法政大学 工学部システム制御工学科
渋谷 幸男

 20世紀までに、移動手段の発達による時間の短縮と活動範囲の拡大、医療の進歩による平均寿命の大幅な向上、情報通信技術の発展と家電製品の普及による消費生活の利便性・快適性の向上など、一般市民が日常生活において科学技術の恩恵を大きく享受できたと言える。
 しかしながら、技術が複雑化・高度化していることもあり、一般市民や最先端の研究を行っている科学者が普段の生活において科学技術の成果について考える機会も少なくなっているように感じられる。このために、生命の安全を脅かすような事故が起き、環境悪化につながり、戦争勃発等その成果の間違った使い方がなされる事が多くなった。それは科学技術の負の産物、または副産物とも言えるだろう。私はこれまでの科学技術の発展とそれを脅かす副産物との関係を明らかにし、科学技術に対する平衡感覚のある見方が保たれるような考え方を考察する。

 まず、私が考える「副産物」の例を3つほど挙げると、一つ目はフロンガスによるオゾン層の破壊である。まだフロンの問題性が明らかでなかった頃、洗浄剤、冷媒、発泡剤、噴射剤として用いられ毒性もなく優れている事から、「奇跡の流体」とよばれ、急速に広まった。しかしその「奇跡の流体」には思いも付かぬ副産物「オゾン層の破壊」を持持ち合わせていたのである。それに伴って地球上での紫外線量が増加した。人間への直接の影響は皮膚ガンになりやすくなるとか、白内障の増加などであるが、植物の生育への影響や、動物への影響もあり、問題は深刻である。二つ目はダイナマイトの発明である。アルフレッド・ベルナルド・ノーベルによって研究され、ニトログリセリンという非常に爆発しやすい物質をケイソウ土に染み込ませる事で、移動中に爆発しにくくすることに成功し、ダイナマイトと名づけた。当時のトンネル工事等の建設現場において急速にその需要を伸ばした。しかしこのダイナマイトが建物・人間を破壊する兵器として使用され、後の世界大戦の火付け役になったと言っても過言ではないだろう。3つ目は原子力の発見である。アルバート・アインシュタインが「E=mC2」という公式を発見した。この公式にあてはめると、ほんの小さな石ころでも、莫大なエネルギーを持っていることになり、これが原子力の原点だと言える。同じ大きなエネルギーを持つダイナマイトと異なる点は、アメリカの「マンハッタン計画」による原子力開発の目的が当初から兵器目的だったという点である。第二次世界大戦では日本の広島・長崎に原子爆弾が投下され、その破壊力は驚異的なものであった。後に原子力は発電等にその大きなエネルギーを利用するようになるが廃棄物処理やメルトダウン等の問題がある。

 さて、上にあげた3つの例の共通点を見てみると、どれも人間の暮らしを便利にした科学技術発展の成果であるが、最終的には地球規模での甚大な環境悪化や戦争など世界平和を乱すものとなってしまった。ではなぜ一見私たちにとって便利になるはずの研究の成果が私たちの生活を脅かすものへと移行してしまったのか。次にその理由と解決策を考えてみる。
 その理由は二つある。ひとつは、非研究者、すなわち一般市民がある発見や研究成果に対して「メリット重視」の評価しかしていなかったからである。フロンひとつ考えてみても、当時の人たちが「奇跡の流体」と呼ばれたフロンが、地球を紫外線から守ってくれているオゾン層を破壊し、健康を害する危険性を持つなど予想すらしなかったであろう。便利さを追求してきた昨今の人達の目には、いかに重大な発見であるか、いかに暮らしがより便利になるかが興味の対象だったのである。そしてデメリット部分を軽視した為、今日の環境問題や戦争を導いたのである。二つ目は、研究者が自分の研究成果の良い所だけを世間に発表し、またその成果使用に対しての悪影響やデメリットを軽視し、その後の研究についてはさらなるメリット部分の研究を重視して行い、悪影響などについての研究は軽視されていたに違いない。これよりふたつの理由の共通点が「メリット重視」であることは明確である。これは世界の科学技術に対する考え方が発展のみを追い求め問題意識が欠如していたのである。これらの問題を解決する為には、これからの社会全体の科学技術への考え方をこれまでとは逆に「デメリット重視」にすべきである。それまで軽視傾向にあったものを重視傾向へと変えるのである。そのための具体的な案を述べると、研究者の立場の人たちは、自己の研究を学会等に論文で発表する際に、その研究成果に対する失敗・リスク・副作用にも重点を置いて記載する。もしその記載がなければ論文として認めないとする。つまりリスクも含めた研究成果なのである。これまでは成功体験や失敗体験を人の課題と組織や仕組みの課題に分解できず、失敗が有効に生かされていなかったものと思われる。失敗は、不注意や手抜きなど人為的に起こるものと、避けて通れないもの・許されるものとがあり、明確に区別すべきである。新しい発見や技術開発は、失敗の積重ねの上に成就されるものであり、事故・失敗からは必ず学ぶものがある。それらを今後の発展に、個人や組織の壁を超えて生かすことが重要である。事故や失敗の過程を検証し、そこから得られた教訓を社会的に共有していくことが、相互的に有効な手段である。また、失敗を未然に防ぐことができれば、社会の安全性を高めることもできるだろう。また研究が認められ、実用化される、されないにせよ研究者はその研究を続け、メリットの向上とデメリットの解決策を求めるべきである。逆に非研究者の立場の人たち・一般市民は、発表された研究成果を一度は過大広告された物だと考え、メリット・デメリット双方を見比べて判断すべきである。発表内容をリスクも含めた研究成果として判断・評価すべきである。これは現在日進月歩で成長を続ける情報化社会において科学技術も含め氾濫する膨大な情報の中からどの情報を正確なものとして採用し、どの情報を不正確・不必要なものとして不採用とするかという事が現代の私たちに求められている能力でもある。また両者をつなぐ存在として、学会や政府の改革も不可欠である。どんなに研究者や一般市民が意識改革を成功させても、評価し導く立場の意識が変わらなければ真の意味での科学技術に対する平衡感覚のある見方は達成されない。そのためには教育成果等を審査・認定するための共通基準について、現在、文部省をはじめとする関係省庁の支援により進められている検討の促進を期待したい。私が考える一例を挙げると、失敗を有効に活用した者を表彰すること、リスク面をよく研究している論文の評価など、制度面での改善が必要であろう。また世界レベルでの相互発展のために、研究の際に起きた失敗・発見・経過などをデータベース化して世界で共有できるようにすることが必要である。これは研究開発、生産、プロジェクト管理等の失敗事例を活用したり、未然に事故を防ぎ研究の効率化にもつながる。

 このように考察していくと、これからの科学技術の正しい発展において最も重要なのは世界中の人たちの考え方・「モラル」である。研究者や一般市民がいかにこれまでとは逆に安全性の上に成り立つ研究を重視し、それを効率的・正義的にする基盤を学会や政府が構築するという「モラル」。この3者が相互的により良い科学技術を発展させようと日々考える「モラル」。すべての「モラル」が合致し、実施された時、科学技術の未来は環境悪化や悪用などの少ない正しい方向へと進んでいくのである。