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【優秀賞 日刊工業新聞社賞】

「理科離れ」を解決するために
  −中学・高校生のノーベル賞受賞は 不可能か−

学習院大学 理学部物理学科
市村  豊

1.はじめに

 科学について日本の将来を考える時、もっとも重要な問題の一つとして「理科離れ」という事が上げられると私は思っている。それは一般的には小学生・中学生の理科のテストの点が以前に比べて(もしくは日本以外の国と比べて)悪いという事を指しているようだが、今回私が問題としたいのは、大学の教員や研究者もしくは理工系の大学生といった科学を専門的にやっている人以外は、小・中学生に限らずあまり科学に興味を示していないのではないかという事である 。私は小・中学生の理科離れを軽視するわけではないが、それ以上に、そもそも科学に興味・関心を持つ人がそれ程はいなさそうだという事が問題だと感じている。専門的にやっている人以外は科学とさっぱり無縁という状態は、科学技術の影響が一般にも大きいという事を考えるとまずい状態ではないかと思う。
 私は、科学というのは無理にするものではなく、嫌いな人に無理やりやらせるものではないと思っているが、もう少し科学に興味を持つ人がいても良いのではないかと思い、科学の専門家ではない人に科学への興味を持ってもらうにはどうしたら良いのかという事について以下考えてみたい。

2.科学の面白さ、および「科学研究の薦め」について

 まず、一般の人に科学への興味をもってもらう方法としては、プロの科学者が最先端の科学の研究を一般の人に分かりやすく伝える事が大切である、と啓蒙書を書く方法を以前聞いた事がある。
 私はもちろんこういう事は大切だと思うのだが、個人的には、最先端の科学をやっているのはプロの科学者だけで、一般の人はプロが解説した「分かりやすい」内容を聞くだけという状態は何か違うのではないかと感じている。
 私は個人的に科学で最も面白い事は、まだ誰もやったことはないという事を世界で初めてやる事だと思っている。したがってプロの科学者が最先端の研究を分かりやすく解説するというのも、もちろんそれは意味はあるし、面白いことには違いないだろうとは思うが、やはり科学の本当の面白さとは違うものだと思う。
 そこで私は、プロの科学者ではない人が、プロと同じようにまだ誰もやったことがない「最先端の」研究をするという事がもっと行われた方が良いのではないかと思い、今回それを提言したい。現在でもそういう事をやっている人はもちろんいると思うし、またアマチュアとして科学をするというと、身近な道具でちょっとした「実験」をするというような事ならば相当の人がやっているのではないかと思う 。だが、今回私が言いたいのは「遊び」のレベルを超えて、プロではない人がプロの科学者が行っている研究と比較して遜色のない研究をするという事が、もっと当たり前に行われて良いのではないかという事である。
 もちろんプロの科学者と同じように、というのは難しい事に違いない。それをするためにはある程度科学についての専門知識がいるであろうし、英語が出来なければならないだろう。だが現在プロの科学者をしていなくとも、大学で理学部・工学部を卒業した人や、中学・高校で科学を教えている人などは、やろうと思えばそういう事が出来るのではないかと思う 。例えば、普段は科学とは無縁の仕事をしている人が、土曜・日曜・長期休暇の時に科学について考えて年に一本論文を発表する、というようなスタイルが一般的に行われるようになってもよいのではないかと思い、それはそれほど非現実的なことではないだろうと思う。現在はインターネットが普及し、以前に比べれば専門の情報の入手がしやすいはずである。実験系は難しいかもしれないが、理論・計算の分野であれば一般の人でもプロ並みのことは出来るのではないか、少なくとも設備的には可能ではないかと思う。
 そもそも、アインシュタインが特殊相対性理論を発表したのは26歳の時、大学でも研究所でもなく特許局に勤めながらであった。そういうアインシュタインのような人がもっと現れたら科学は面白くなると私は思うのだが、どうだろうか?

3.プロの科学者が小・中・高校生の研究結果を利用する事について

 次に考えてみたいのは、それ程科学に詳しくなくともプロ並にまだ誰もやったことのない研究をすることが出来るのではないかという事についてである。今まではある程度科学の知識がある人について考えてみたが、そうでなくともプロ並みの科学研究が出来る可能性はあるのではないかと私は思うのでそれについて考えてみたい。以前ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーの高安秀樹氏が述べていたのだが 、子供が夏休みを利用して行った自由研究について、高安氏は「研究のプロの目から見ても、ざん新さがある。」と言い、それを「科学の土俵にのせる」ための方法として「私は、子供の自由研究に限らず、アマチュア科学者の研究をまじめに審査し、論文として掲載するような雑誌を刊行することで、科学を作り上げていくプロセスを広く浸透させることができるのではないかと考えている。」という方法を提案されていた。
 私も、本格的な科学の訓練をしていない。例として小・中・高校生が行った科学研究の中にはプロの科学者の行った研究に勝るとも劣らないものもあると思う。そのような研究は、現在は理科コンクール等で発表されていると思うが、現在のようにそれらがあまり活用されずにそれだけで終わってしまうのはもったいないと思う。そこで、別に専門の雑誌を作らずとも、例えばそのような理科コンクールの入選作を英訳してインターネット上で公開して学術的な論文と同じように参照できるようにし、またプロの科学者もこのような研究にも目を向けて参照・引用するという事が行われれば良いのではないかと思う。もちろんこれは小・中・高校生に限らず、プロではなく科学研究をやっている人であれば、同じように研究結果がプロの間で利用されても良いのではないかと思う。
 それこそ、小・中・高校生が行った研究が数年後にノーベル賞を受賞するという事があったって良いと思うし、そういう事が実際に起これば最高に面白いと思う。科学研究というのは別に専門家のものだけではないと私は思う。

4.さいごに

 以上2つ程考えてみたが、簡単にまとめれば、専門家ではない人がプロ並の科学研究をするという事がもっと行われても良いのでは、という事である。繰り返して言うが、科学というのはやりたくなければやらなくてもいいもので、無理にやるものではないと思う。とはいえ、今までに誰もやったことがない・考えたことがないということを世界で初めて考えるという科学研究の面白さは、専門家でなくとも楽しむ価値はあると思い、またそれなくしては「理科離れ」を根本的に解決するのは難しいのではないかと思う。