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2002年(第4回)

【優秀賞 日刊工業新聞社賞】
ものづくり再考・真の豊かさを求めて
京都工芸繊維大学 繊維学部デザイン経営工学科
岡本 麻衣

 戦後日本は、「日本の奇跡」と呼ばれる復興・発展を遂げてきた。アメリカへの憧れという機動力のもと、優れたものづくり(注1)によって、私たちは「豊かな」社会、「豊かな」日本を目指してきたわけだが、物質的な豊かさは満たされたものの、一方で「何かが足りない」、むしろ「失われた大切な何かがある」、という欠落感さえ覚えてしまうのも事実である。
 そうした中で現代は、真に「豊かな」社会を求めて、大きなパラダイムシフトを迎えつつあ
る。以下では、「心の豊かさ」の追求、「地球の豊かさ」の追求、という2つのパラダイムを追いながら、日本のものづくりについて再考していきたい。

1.心の豊かさの追求

 今日、消費は低迷し、産業は供給力過剰に陥っているのが現状だ。その要因は、経済問題も
さることながら、人々が「欲しい」と思う製品がないことにある。「欲しい」という気持ちがな
いわけではない、「欲しい」と思わせてくれる製品がないのだ。
 それは、現行の製品が、ただの「モノ」であり、そこから「物質的な豊かさ」しか得ることができないからであろう。工業社会から知識社会に移行しつつある今、人々が求めているのは
物質的な豊かさではなく、心の豊かさである。従って結論から述べると、人々の焦点は「モノ」にあるのではなく、それを媒介としてどのような価値が得られるか、というところにあるのだ。
「心の豊かさ」とは非常に抽象的な表現であるが、「心の豊かさ」が実現されるためには、常
に精神的に発達し、自らの知が日々更新されることによる「自己実現」や「学び」といったものが必要だと考える。その証拠に、今日人々は「自分らしさ」を表現してくれるモノや、「自分
のためになる」モノを好む。
 ここで、20世紀初頭の心理学者ヴィゴツキーの言葉を借りれば、「個」が精神的に発達するということはそもそも文化的な発達であるという。発達は精神間の相互作用の過程から、精神内への作用へと移行することによって生ずるものであり、その過程において、当初よりも高次な精神の動き(知の自己超越的発展)が生まれるというのだ。
 
 このような自己超越的な発展の積み重ねが、総じて社会全体の超越的発展、つまり未来の創造につながるとすれば、日本のものづくりも、常に新たな価値を創造・提供することにより、人々との相互作用を引き起こし、より生活に近いところで、未来創造のプロセスに関与すべきである、というのが私の考えである。
 具体的には、消費者の既成知の外に点を打つようなイノベーション(図1)によって、消費者の自己超越的発展・学びを実現するということだ。
 
 イノベーションとは、一般的には技術革新のことを指し、20世紀を代表する経済学者であるシュンペーターは、(1)新製品の産出、(2)新生産手段の導入、(3)新市場の開拓、(4)原材料・半製品の新しい獲得源、(5)新しい組織の達成という5つのフェーズを包括してイノベーションと呼んだ。さらに、イノベーションを大別すると、生産技術面のいわゆるプロセス・イノベーションと、製品開発面のプロダクト・イノベーションに分けることができ、日本の製造業の競争力は、製品を高品質かつ低コストに製造するためのプロセス・イノベーションにより成し遂げられてきたといえる。
 例えば、トヨタの「かんばん方式」は代表的なプロセス・イノベーションである。日本のものづくりは、一般的にこうしたプロセス・イノベーションを得意とするが、これが「創造性に
欠ける」と評価され、同時に、現在の日本の消費を低迷させている所以であるのだろう。
 しかし、人々にとってのイノベーションとは、必ずしも技術革新によるものではない。「心の豊かさ」といった観点から見た場合には、人々の自己超越的発展を促すようなモノ・コトといった広義のものであると考えられるのである。
 例えば、ウォークマンが登場するまでは、音楽とは家の中で聴くもの、という暗黙の了解(既成知)があった。しかし、消費者の中には漠然とした「もっと音楽を楽しみたい」というウォンツがあったはずだ。ウォークマンが人々にとってイノベーティブであった要因は、「家の外で音楽を聴いてもいいじゃないか」と、音楽の楽しみ方における新たなライフスタイルを提案し、人々の価値観を広げたことにある。つまり、ウォークマンというモノが革新的であるのではなく、「家の外で音楽を聴く」という発想が人々にとっては革新的であるのだ。
 
 このように、人々の心を充足させる・人々に欲しいと思わせるものづくりに必要なのは、今までにない、新たな知を生み出すことである。「心の豊かさ」が求めちれる知識社会にあって、革新すべきことは、極論すれば「モノ」でも生産技術でもなく、人々の「知」なのだ。そう考
えれば、ものづくりの本来の姿や、ものづくり産業への需要回復の糸口が見えてくるのではないだろうか。

2.地球の豊かさの追求

 こうした「心の豊かさ」の追求という人々の価値観の変化とともに、捉えておくべきことは、今日、様々な局面において「地球の豊かさ」が求められているということである。
 特に、「無限で劣化しない地球」観のもとに行われた、効率性優先の大量生産・大量消費・大
量廃棄による環境破壊は、深刻な問題である。これに関して、「循環型社会」・「持続可能な社会」の実現に向け、様々な分野において議論がなされており、「ものづくり」といえども、生産物をいかに回収し、リサイクルあるいは自然に環元するのか、といったところまで責任を負わなくてはならない。
 従って、「目の前にある個別の問題だけを解決すればよい」といった狭い領域での自己完結的な視点ではなく、領域横断的な、総合的な視点が求められるであろう。環境問題といえども、自然についての科学(例えば、海洋科学や気象学、森林学など)だけの問題ではなく、あらゆる科学技術はもちろん、経済学や社会行動学などにも関わる、むしろ人間の問題だからである。
 
 このような、環境に配慮した総合的なプロセスイノベーションはもちろん、一方で、「モノ」そのものによって、人々のライフスタイルを環境に優しいものに変えていくことができれば、より望ましい。
 例えば、環境に配慮した製品は割高であることが多い。このことから、「環境保全とはコストのかかるものだ」という概念が形成されつつあり、ものづくりサイドも、このような意識を当たり前のように持ってはいないだろうか。
 環境保全型の製品であるから「高かろう、悪かろう」ではなく、環境に配慮したからこそ、安い・品質が良い、といったモデルが確立できるような技術開発が急務である。こうした努力を行うことが、「環境保全型の製品を買うことが当たりまえ」、「環境に配慮しない製品を買う方が恥ずかしい」といったカルチャーを日本においても生み出すための第一歩である。

3.おわりに

 本稿では、大きなパラダイムシフトを迎えつつある今、求められる真の「豊かさ」とは何か
という問いを通して、日本のものづくりが持つべき視点を整理してきた。
 つまり、人々は「心の豊かさ」「地球の豊かさ」という、より社会的な豊かさを求めており、心の豊かさは、技術革新によってではなく知識革新によって実現されること、従ってものづくりにおいてはモノを媒介としていかに新たな価値を提供できるか、ということが重要になってくるということを述べた。また、地球の豊かさの実現においても、循環型社会に向けたプロセスイノベーションのみならず、革新すべきことは人々の意識であり、例えば、安くて品質の良い環境保全型製品の開発など、モノそのものによってカルチャーを変えていく、という視点が必要であることを述べてきた。
 以上のように、「豊かさ」といった視点を持つことにより、結果としてものづくりに真の方向性を与え、日本の科学技術・ものづくりの創造的成長を実現する。日本が本当の意味で豊かさを獲得するために、以上のような方向性を提示する。