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2002年(第4回)

【最優秀賞・文部科学大臣奨励賞】
21世紀は生物産業の時代
玉川大学 農学部農芸化学科
押川 祐子
 

 「進化という観点がなければ、生物学は何の意味もなさない」この言葉は遺伝学者のドブジャンスキー(Theodosuis Dodzhansky)によるものだ。 進化を続ける限り、生命の淘汰が繰り返され、その結果生物の多様性へと導かれていった。生物産業とは進化を繰り返してきた全ての生命体が??今現存している??という意味を改めて考え、その価値を見出すことである。
 今から46億年前に私達の住む地球は誕生した。その後、38億年前にようやく原始生命体が誕生する。それは初め単なる油滴(コアセルベート)であり、それが全ての生命の源となったのである。 その油滴は有機物を利用するだけだったので徐々に失われる有機物のためにその生命体の数を減らしていった。だが、無機物から有機物を作る微生物が誕生することにより、絶滅の危機をまぬがれたのである。

 紀元前4000年、エジプトではその存在が知られていないにも関わらず、利用され豊かな食文化を生み出した。ワインはその代表であり、今ではその製造に微生物が必須であることは誰でも知っている事実である。 その存在の概念が確立されるのが19世紀に入ってからで、今日における微生物利用はほんの100年余りしか経過していない。 微生物利用とひとことで言ってもその範囲は広く、昔からの酒や食品における利用からはじまり、クエン酸・酢酸などの発酵生産、また医薬品として抗生物質の生産、そして遺伝子組換にまで至る。

 日本で古来から利用されている微生物Aspergillus oryzaeは、日本酒の製造で欠かせないものであり、一般的に麹菌として知られている。麹菌はコメを糖化する過程において必要なグルコアミラーゼ(タカアミラーゼ)活性が高く、 その酵素は世界で始めて高峰譲吉という日本人によって単離された酵素として知られ、またグリコーゲンの代謝と制御の薬としても注目を集めた。麹菌は強アルカリ性での生育が可能で、 その生育範囲のpH3〜12と幅広い。そのために、アルカリ側に傾けることにより雑菌汚染(主に乳酸菌によるコンタミネーション)の防除としてその特性が利用されている。 微生物という生物を意識する以前から、日本ではこのようにその特異性が利用され、同時に純粋培養され、その種が保たれてきた。 日本の微生物利用における生物産業は世界的にも出発時点では遅れをとっていなかった。その麹菌は現在化学的な解明が進み、 そのアルカリ性特異的に発現される麹菌の遺伝子の解析やグルコアミラーゼ(タカアミラーゼ)の酵素学的研究など、様々な角度からこの日本独自の微生物の解析が進んでいる。

 微生物を利用した生物産業は、これからまだ進むべき方向は無限に存在する。なぜなら、上記で述べたように微生物という生物は生命体でもっとも長く存在し続けていて、 もっとも多様性に富み形態や機能は多岐に渡り、遺伝子資源としては貴重なものであるからだ。また、その種類は今日知られているだけで約5万種とされている。そして、 微生物はすべて発見されつくされているわけではなく、技術の開発やスクリーニング方法(分離方法や処理法、培地、培養条件)の改善や発達に伴って、新種の微生物が発見されるのだ。 また、宇宙に微生物がどのくらい存在しているかは、全くの未知数だ。そのことを考慮すると今日利用されている微生物の生物産業は、まだまだほんの一角にすぎないのではないだろうか。 たとえば、抗生物質の天然物スクリーニングにおいて注目すると、今までに目的とした天然物が得られた菌は、そのほとんど3分の2が放線菌で、ついで糸状菌、バクテリアと続く。 それらを採取する環境は、ほとんどが土壌で、他に植物、糞であったりする。このように採取する菌株も環境も、それほど昔と今とで変化していない。将来的にみて、 この採取する菌株や環境を変えることで新たな生理活性物質を得られると考えると、今私達が利用している微生物はほんの一握りだということが想像できる。

 21世紀は、20世紀までの人間の生産活動の飛躍による環境破壊問題を最重要課題とし、解決・改善することは必須事項である。今までの環境への被害を食い止めるためにも、 改善へと向かうためにも、環境問題についてより深く考えなければならない。そして、21世紀の新しい人間の生産活動への微生物によるアプローチは、非常に有効な手段といえる。
 現在一番注目されているのはやはりなんと言っても、生分解性プラスチックである。今までの分解できないプラスチックにとって代わり、 微生物によって別の物質に代謝されることで生命間を循環することが可能となる。究極のリサイクルといってもいいだろう。
 海洋でのタンカー座礁による石油汚染を分解するために窒素やリンを海上に散布し、微生物活性を促しているのは、今では当たり前のように世界で利用されている。 他にも産業汚染物質の処理、汚染された土壌や水の浄化にも微生物を利用する研究が進められ、自然界で穏やかに進行している浄化の効果を人工的に促進させている。

 また地球温暖化の問題となる二酸化炭素の軽減を目的として、藻類を活性化させてその数を増やすと同時に固定させる方法がすでに実験として日本でも実際の海を使って行われている。 それにより藻類を餌とするプランクトンが増え、魚が増え、海が豊かになることも期待とされている。また、温暖化の緩和として砂漠の緑化を目指し根粒菌の研究も進められている。 窒素をアンモニアに変え植物に供給することで、痩せた土地でも育つとされている。
 21世紀最大の目標はいかに化石燃料以外のクリーンエネルギーを利用するかという点でもある。エタノールは燃焼効率もよく、 その時の窒素酸化物や一酸化炭素の生成量も少ないことから石油に代わるエネルギーとした研究開発は自動車でよく知られている。 そのエタノールを得るために利用するのが微生物である。木質系、草本系のバイオマスの糖化は以前より考えられている。 また最近では都市部での排出されるゴミのほとんどがセルロースであることで、廃紙や廃材をエタノールに変換できる新しい菌を創製することで、コスト面も大幅に低減できるという研究が開発されている。
 そして今挙げた事例で利用されている微生物について、その利用されている酵素などの遺伝子を解析し、塩基配列を決定できれば、それを動植物に導入することも可能となる。 そうなるとさらなる利用は広がりを増し、使用菌を利用するだけでなく解明することも必要となってくる。

 上記で挙げた事例はすべて夢物語ではない。実現しつつある事実だ。しかし、これら全ては従来の非生物的処理方法よりもコストがかかってしまいがちである。 ではどうやって、地球規模で環境によい処理ができるようになるのであろうか。生物産業はそれに伴った質の向上をもって、消費者に受け入れられるものであると私は考える。 今まで以上のものを作ってこそ、そこに価値が生まれる。産業革命から続く「いいものを安く」ではなく、これからは「いいものは高い」ことを消費者は受け入れるべきである。 今は世界よりも様々な技術が遅れがちな日本だが、環境に対する思考は他の国よりも高い。進化を続ける微生物がもつ生命の価値を、古来より受け継がれてきた微生物学の知識を用いて生物・化学的に高め、 それをいかに学問分野として終わらせることなく生物産業へと発展させていくことが重要な課題である。
 21世紀の産業は、環境問題と密接に関わりあっている。人間が作り出したフロンガスは天然物質でないために利用し分解する生命が存在せず、 オゾン層破壊という悲劇的な結果を生んだ。私達はもう一度、生命の淘汰を繰り返し存在する生物を見詰め直し、その多用さを利用した産業を考えるべきである。そうすれば生物産業が明るい21世紀を約束してくれるはずだ。


【参考文献】
・別冊日経サイエンス122 DNAから見た生物進化
 ロジャー・ルイン 1998.4.15. 株式会社日経サイエンス p7〜9
・化学と生物 社団法人日本農芸化学会
 第40巻・第4号・461号 2002.4.25. 
 p221〜223、p239〜244
 第40巻・第5号・462号 2002.5.25.
 p291〜293
 第40巻・第10号・467号 2002.10.25.
 p665〜672、p684〜686
・現代化学 株式会社東京化学同人
 通巻3795 2002.10.1.   p38〜39